ゐた。
 筒井莞爾君は、これが若し、演習でなく、ほんたうであつたらと思つた。
 遠く、飛行機の爆音が聞えた。
 重傷者の役は、これは訓練にははいらぬと、彼は、はじめて気がついた。
 さうでなくても、病弱の悩みは、筒井莞爾君の朝夕の悩みであつた。その悩みが、この訓練の担架の上にもあつた。
 雲ひとつない空の一角に、キラリと銀翼が光つた。蜻蛉のやうな三機編隊の、まつしぐらに帝都を襲ふすがたと見えた。
 筒井莞爾君は、右手を縮め、左手を差出し、肩に銃を当てゝ狙ふ真似をした。先頭の一機にぴたりと照準をつけた。そして、口の中で、ズドン、ズドンと敵機撃墜の「役目」を引受けた。筒井莞爾君の眼は怒りに燃えてゐた。

     遠足

「これで約束の時間に間に合ひますか」
「さあ、ちよつと怪しいな、もう少し急がう」
「地図つてやつはどうも当てにならん」
「地図の方でもさう云つてるよ。医者と地図とどう関係があるつて……」
「それにしても、この辺は人家がなさすぎますね」
「人家無きところ患者あるべき道理なし」
 めいめい思ひ思ひのいでたちながら、相当歩くことを覚悟で、××市を今朝発つて来た一行である。医者が二人、新聞記者が一人、国民学校の先生が一人、それに若い女性一人、看護婦である。
 峠へさしかゝつた。遥か彼方から同じ道を国民服の二人連れがこつちへ登つて来る。
「ご苦労さま。だいぶ暇どれましたよ」
「もう準備はいゝんですか」
「みんな集つとります」
 迎への二人はこの村の訓導と青年団員である。この村は、無医村なのである。
 国民学校の教室が診療室に充てられ、老若男女、凡そ病めるものすべてがそこに集つてゐた。
 新聞記者のA君が、まづ挨拶をした。
「両先生を御紹介します。こちらが××病院副院長B博士、こちらが××県医師会評議員、眼科のC先生です。特にお断りしておきますが、両先生はもちろん、われわれは決して慈善行為をするつもりはないのであります。病気の治療ができない方が一人でもあるといふことは、お国のために非常に心配なことです。この村にはお医者がゐない、そこで、手のあいてゐる医者が代り代りに来て、患者をみてあげよう、それは医者として当り前なことだ、今度は自分たちが、日曜を利用してひとつ出かけよう、かういふ軽い気持で来られたのであります。しかしです。私はこの一行に加はつて、両先生をみなさんに
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