まり、全体として自己を包むもの、自分がそのなかにゐて、そこから受け継ぎ、それをまた更に全体のなかで伸して行くといふ何ものもないのである。
つまりそこには、愛すべく誇るべき祖国の姿といふものが何ひとつない。彼らは、たゞ、すべての都会人に共通な弱点を背負ひ、強味を強味として発揮し得ない国民となるおそれが多分にある。
都会文化の高揚は、もちろん、技術的な面に主として注がれなければならぬ。技術は知識と感覚とを基礎とするが、また、道徳とも無縁ではない。例へば公衆道徳の問題にしても、かの消費面に見られる諸設備の倫理的意義を考へるだけでなく、都市を構成する諸機能のひとつびとつについて、それが市民生活を混乱に陥れるか、秩序に導くかを一応吟味してみるがよい。混乱は市民おのおのゝ社会的訓練によつても幾分は救はれるが、なによりも、それらの混乱を生ぜしめない、都市行政の「技術」を必要とする。混乱はすなはち頽廃から野蛮につながる。都会の非文化性は常に国民道徳の脅威である。
二
以上の観点から、一般都市文化の危機を踏み越へるために、若干の提言を試みよう。
先づ、形体として都市の要素をなす
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