立派に生きるといふことは、自分独りの「生死」を問題にすべきではありません。まして、おのれたゞ一人、清く生きればよいといふやうな考へ方は、絶対に許されません。日本の国、日本人全体のために、なんらか役立つやうな「生き方」を、分に応じて工夫することが、やがては、「立派に死ぬ」ことを可能ならしめるのであります。
「生き甲斐ある」とは、このことを云ふのです。そして、生き甲斐ある生き方こそ、最も楽しい生活であり、幸福な生涯であります。
 この事をはつきり自覚しない以上、日本人の「死生観」といふものは、日本を完全に護り、繁栄に導くことにはなりますまい。
 日本人がやゝもすれば、日常生活を軽視し、生命そのものの尊さを忘れてゐるかのやうな印象を与へるといふのは、必ずしも、その「死生観」のみから来るのではありますまいが、少くとも、今日の「生活観」は、最も健康な「日本的死生観」の上に樹てられることによつて、日本人の力の完全な発揮にまで高まらなければなりません。
 これで日本文化の特質を形づくる要素のあらましを説明したつもりです。
 非常に厖大で複雑な問題を、やゝ手軽に扱ひすぎたきらひはありますが、もつと詳しい深い研究は他に適当な指導書もあることと思ひ、こゝでは、主として、現代日本文化の様相を通じて、多くの反省を試みながら、われわれが拠つてもつて今後の文化問題を考へる一応の参考としたかつたのです。



底本:「岸田國士全集26」岩波書店
   1991(平成3)年10月8日発行
底本の親本:「力としての文化――若き人々へ」河出書房
   1943(昭和18)年6月20日発行
初出:「力としての文化――若き人々へ」河出書房
   1943(昭和18)年6月20日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年5月21日作成
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