ことはできません。やはり子供の時分から、家庭で相当の訓練を受けることが絶対に必要なのであります。いひ換へれば、生活の技術といふものは、誰よりも親から子に伝へられるものであると云へませう。そこには伝統の生きた力が働くのでありまして、それでこそ生活を通して、国民の文化の水準といふものが推し計られるのであります。
「生活」について
今日ほど「生活」といふ問題が世間一般の注意をひいてゐる時代はない。なるほど、生活改善、或は生活合理化といふことは随分久しい以前から一部の人々の間に叫ばれてゐたけれども、ほんたうに、国民自体の欲求として、また国家の総力を発揮するといふ建前から、生活の全面に亘つて、新しい体制を整へようといふ機運は、まさに大政翼賛の精神からほとばしり出たものであつて、私は、新日本の気高い力強いすがたが、国民自らの決意と精進によつて築かれる日が来たことを天に感謝したいと思ふものである。
「生活」とは云ふまでもなく、「生きること」であつて、決して、「食ふこと」のみではないのである。「生きる」とは先づ日本人として生れたことの矜りであり、祖国のために役立ち、命を捧げるところの光栄であり、そして、最も清く、正しく生涯を過すことのよろこびでなければならぬ。
東亜の盟主たるわが日本の国風《くにぶり》は、現在われわれ同胞がいかなる心構へを以て「生活」し、いかなる方法を以てその日その日を送つてゐるかによつて、世界の批判に応へなければならないのである。即ち、国の値打は、その国の民衆の「生活振り」によつて定まると云つてもよく、一国の文化の基礎がまたそこにおかれてゐることは勿論である。
国民の生活が高い道徳と必要な知識と、健かな趣味とによつて貫かれてゐたならば、もうそれで、理窟なしに、一流の文化国であり、しかも、同時にそれが国家目的に副ふやうに組織され、訓練されてゐさへすれば、所謂、高度国防の機能を完全に果し得るのだと思ふ。
即ち、かゝる「生活」は、勤労を最も能率化し、風俗を醇化し、精神肉体ともに溌剌たる国民を作りあげるのである。
「生活」にはいろいろの面があつて、衣食住だけを取りあげてみても、問題は極めて多端である。私は、これから問題の解決と共に、更に、「人と人との関係」を生活の重要部分として考へてみなければならぬと思ふ。
われわれ日本人は数十年この方、家庭にあつても、社会に出ても、この「人と人との関係」を甚だおろそかにして来た。無駄に神経を使ひ、不必要に相手の感情を害ね、そして、お互に疲れつゝあるのである。
こゝにも、研究すべき「生活の技術」があるといふことを、私は特に強調したい。
われわれの祖先は、生活に立派な秩序を保つてゐた。この秩序を、今の時代に適応するやうに活かしてみたらどうであらう。「たしなみ」といふ言葉が、新鮮な内容を以て、われわれの生活のなかに蘇つて来ればいゝのである。
生活の科学化といふ近頃の流行語は、どうかすると、生活改善の一面だけを特に主張するやうにとれて、私は少し気になる。生活の科学化と同時に、その倫理化と芸術化が並行して考へられなければ、決して、われわれが理想とする目標に到達することはできないのである。つまり、この三点から生活の新しい体制をうち立てることが、偉大な歴史を通じての日本人の「たしなみ」なのである。(昭和十六年五月)
底本:「岸田國士全集25」岩波書店
1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「生活と文化」青山出版社
1941(昭和16)年12月20日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年1月20日作成
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