用してはゐない。法律で保護してゐるらしい婦人の貞操さへも、公然と蹂躙され勝ちである。芸術家の著作権にしても、物質的に相当の擁護を受ければ、それで満足しなければならぬかも知れぬが、或る場合には別に述べたやうに、物質問題を離れて、芸術家が最も忍ぶべからざる精神的損害を被つてゐる事実を、この際世間で少し認めてほしいと思ふ。
 例へば、こんなことも法律できめられないものか――法律できめる性質のものでないといふなら、文芸家協会劇作家部の力で何とかならないものだらうか。それは、劇場が或作者の脚本を上演する場合、たとひ開演の予定日に近づいても、作者が稽古不十分と認めた場合は、開演を延期させることができるやうにすることである。この法律(或は劇作家協会の規約だつたかもわからない)はフランスにはある。一度上演を許したが最後どんな演出の仕方をされても黙つてゐなければならないとすれば、実に不安である。
 かういふ問題を数へ上げたらそれこそいくらもあるだらうが、素人考へは片手落になる惧れがある。専門家の一考を煩はしたい。

 今度、文芸家協会は、「著作権法改正法律案」を作製し、今議会に提出することになつたのであるが、この改正案なるものを一見するに委員諸氏の細密周到な研究によつて、略々、今日に適応する理想的な法案であるやうに思はれる。
 私はさういふ方面の専門的知識は皆無であるが、利害をともにする協会の一員として、この法律改正案が今日まで不十分であつた物質的権利擁護に遺憾なきを期すると同時に、それ以上、能ふべくんば、上述の如き精神的利権の確立を目途として、一層の効果を生ずるやう編成されることを希望してやまない。
 そして、最後に、この著作権の問題が思想と芸術を愛する人々の協力によつて、一日も早く法律的解決を与へられんことを祈る次第である。



底本:「岸田國士全集21」岩波書店
   1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「新選岸田國士集」改造社
   1930(昭和5)年2月8日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年7月2日作成
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