なんだか変ね。(悦子の方をみる)
悦子 (小声で)知つてるわよ。
一寿 小生一身上の問題か……。御親父たる貴下の御配慮とは、どういふ筋合のもんかな。
悦子 兄さんの代りにお父さんに心配していただかうつていふのよ。
一寿 それはわかつとるが、何を心配しろといふんだ。
愛子 そんな話聞かない方がいいわ。他人のことまで心配してたらきりがなくつてよ。
一寿 去年の夏と……あのうちの一人だな。顔なんかろくに覚えとらんが……。お前たち一緒に何処かへ出掛けたぢやないか。
悦子 ほら、奥多摩へピクニツクよ。
愛子 …………。
悦子 みんな黒かつたわね。だけど……。
一寿 とにかく、会はんわけに行くまい。お前たちも一緒にどうだ。
悦子 兄さんのことで詳しいお話を聞けるには聞けるけど……。さあ……(愛子の顔を見る)
愛子 あたしはどうでも……。その手紙の調子だと、会つても面白くなささうだわ。
悦子 なんだか固苦しい文章ね。尤も兄さんは「奉り候」よ。候文の方が短くつてすむんですつて……。
愛子 さ、この方はパパにお委せして、あたしたち、そろそろ出掛けませうよ。
悦子 ちよつと待つて……。兄さんのことからいろんなこと思ひ出したわ。ああ、なんだか不思議よ。こんなぼうつとした気特にまだなれるのか知ら……。
愛子 いつまでもお若くつて結構ね。
悦子 朝は早いし、夜はねむいし、眼の前には用事ばつかり溜つてるし……。
愛子 遊ぶだけでも忙しいし……。
悦子 さうよ。頭が、前へも後へも働かないつていふ感じね。それが、今晩は……ほんとに久し振りだわ……。嗤はれてもいいから、あたし、少し、しんみりしようつと……。
愛子 これからすんの? よしてよ、後生だから……。
悦子 (父のそばへ行き)ねえ、お父さん、同胞《きやうだい》や親子の間に、何か秘密があるつてことは不幸ぢやない? 秘密つていふと大袈裟だけど、自分だけで苦しまなけりやならないことがあつたら……。
一寿 (眼をつぶつてゐる)どうしてそんなことを云ひ出したんだ。
悦子 どうしてつてことないけど、兄さんのことを、ふつと考へて、親同胞つてもつと近いもんぢやないかつて気がしだしたの。みんなてんでんばらばらでゐすぎたわ。お互に、知らないことが多すぎるわ。うちぢや誰も相談つてことをちつともしないのね。どうして、
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