へやつて来ますか?
愛子  ああ、あの西洋の方……。ええ、あの方ならちよいちよい……。
神谷  いい青年でせう。わりに上品な……。フランスの貴族ですよ。
愛子  御自分で、それを吹聴してらつしやいますわ。
神谷  吹聴するかなあ。困るんだ、実に、フランス人つてやつは……。
一寿  (得意げに)争はれんもんだ。(悦子に)今日は夜学はないのか?
悦子  代つて貰つたのよ。だつて、この人つたら、どうしても今夜映画見に行くつてきかないんですもの……。
神谷  この次は、わたしがお伴しよう。
悦子  でも今日は、ごゆつくりなすつていただけるんでせう。
一寿  こいつの学校つていふのがね、貧民の子弟が大分来るらしいんだ。もうちつといい学校へ替へて貰へつて云つてるんだけど……。
悦子  いい学校ぢや、こつちが勤まりませんわ。
神谷  気のせゐかも知れんが、かうしてみると、悦子さんは少し疲れておいでのやうだな。子供の相手の仕事は、賑やかなやうで、実は、地味なことこの上なしですね。わたしも中学を出て二年ばかり田舎の小学校へ勤めたことがあります。
一寿  どうだね、姉の方は、君の眼鏡で、適当な候補者はないかね。
悦子  お父さんは何時でもあれね。さういふお話、ここでなさらないでもいいわ。
神谷  ははあ、聞えないや。
一寿  ところで、君、ほんとに急ぐのか? 今用意をさせてるんだがね。
愛子  あたしたち、どうしようか知ら……。
一寿  お前たちは引止めないよ。
神谷  いや、いや。吾輩は、そんなことはしてゐられない。もう約束の時間だ。悦子さん……、この次は是非、愛子さんと一緒に、何処かへ御案内しませう。日曜ならよろしいな。
愛子  (神谷に)あの、呼出しですけれどお電話いただけば……。(さう云ひながら、自分のハンドバツクから名刺を出して、神谷に渡す)
一寿  へえ、そんな名刺こさへたのか。
神谷  可笑しな話だけどね。うちのマダムは、此の頃になつて、女名前の手紙をいちいち見分けるのには閉口しとる。
一寿  君のところへ、そんなものが来るかね。
神谷  お嬢さんたちの前で云ふことだ。良心に誓つて、猥らなもんぢやない。あんたみたいな娘が一人欲しいなんて云ふとつたよ、うちの婆さん……。

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丁度そこへ、らくが、一過の手紙を持つて来る。
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