の機運と申しますか、さういふ方面の空気を反映してゐると思ひますが、しかし、村山氏らの提案そのものには、若干のユウトピヤン的思想が含まれてをり、少くとも私個人の人生観を以てしては、そのままにはかに賛同しがたい半面があります。が、それにも拘はらず、その提案の半面には、頗る謙虚にして現実的な精神が閃めいてゐるのであります。即ち、率直に言へば、「自分たちだけでは何もできない」といふことです。
 ところが、この、「自分たちだけでは何もできない」といふ本音を、われわれは、冷淡に聴き流しておくべきでありませうか。
 ここで、私は、事実に即して、私一個の考へを申し上げておかなければなりません。
 実は今日お集りを願ふやう御案内を差出す範囲について、私には、三つの点に考慮を払ひました。
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 一、飽くまでも、村山氏等の提案と別個の立場からであることを明瞭にし。
 二、私個人の資格ではありますが、何等私心なく、不偏不党の無人称的形式を取ること。
 三、成るべく少数で、成るべく広く、即ち、この方々のうち、どなたかが出ていただければこの会合の目的を達するであらうといふやうな意味合ひ。
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 でありますから、或は、顔が見えてもいい筈の方に、わざと御出席を求めなかつたといふやうな向きもあり、さういふ方々は、この会合の結果について、多大の関心をもつてをられるに相違ありません。どうか、それぞれ最寄の方々からよろしくお伝へを願ひたいのであります。そして、更に、第二回第三回の会合が必要である場合は、今度こそ、もつと広く、もつと多数の席を準備しなければならぬやうありたいと念じてをります。
 そこで、今日の会合の趣旨は、前に申しましたやうに、われわれがみな、ひそかに感じてゐる仕事の上の共通の悩み――悩みと申してわるければ、共通の希望を、ここで披瀝し合ひ、お互に、違つた面は違つた面として、寧ろ、同じ面によつて近づき合ふ工夫をしてはどうかといふ点であります。
 これは、必ずしも一片の挨拶や、固苦しい論議によつて得られるものではありますまい。一緒にめしを食ふだけでもいいことだと、水木京太氏から返事を貰ひましたが、――その水木氏はお勤めの関係で、めしの時間には出て来られる筈であります――実際、別々のグルウプに属してゐるものが同じ卓子《テエブル》でめしを食ふといふことは、凡そ最近の新劇関係者間には行はれてゐないことでありました。
 さういふ機会が若しあつたとすれば、われわれ皆なが口を揃へて、「新劇はつまらん」などと、世間に向つて云へた義理ではないのであります。
 ところで、めしの時間まで、少し暇をおきましたのは、話よりめしの方に気を取られるといふ心配があつたからではなく、一円の料理では、さう皿数を重ねるわけにも行くまいと思つたからであります。
 で、それまでの時間を利用して、皆なさんに、いろいろの御意見を伺ひたいと思ひます。
 どなたかに、急に司会者の役をお願ひしたいのですが、急にお引受け下さるかどうかわかりませんから、これまた僭越ながら私が進行係を勤めます。
 予め一つ提案をいたします。この席へは、何人も義務を負ふて出席してゐるのではありません。で、討論を避けたいと思ひます。但し、質問はこの限りに非ずといたしては如何でありませう。

 それからもう一つ、めいめい自己紹介をする必要があると思ひます。そちらから次々にどうぞ。

 議題といつては大袈裟になりますが、最初のことでありますから、お話の中心を一つきめておきませう。
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一、一国一時代の演劇文化から、新劇といふものが日本のやうに孤立してゐる国は、どこにもないと思ふ。つまり、一般の商業劇場の水準がもつと引上げられるか、所謂今日の新劇がもつと職業的に自活し得る能力をもつか、そのどちらかでなければ、これからの若いジェネレエションは勿論、われわれ自身が既に非常に仕事がしにくいやうに思ふ。われわれの共通の目標は、芸術的立場を離れて、一応劇壇の主流をさういふ状態に早く導くことにあるのではないか?

一、現代の俳優はどうして生れないか?(近代人の頭脳と感覚をもつた俳優)
一、われわれが自分一個の好みからでなく、日本の演劇的文化のために、是非なくてはならぬと思はれるやうな、つまり標準となるべき新しい演劇とはどんなものだらうか? 標準のおきどころにもよるし、経営の方針にもよるが、一般大衆の芸術的教養が今のままだとしたら、当然、さういふことをも考へに入れて、しかも、一方、劇場の文化的意義を果し得るやうな演し物が、果して、われわれの頭のなかで想像ができるか?
一、現在あるいろいろな新劇団は、最早、芸術史的に、新しい傾向を追ふとか、それを生
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