急務で、更に新しい俳優の出現によつて、まづ新しい作家が現はれて来るといふやうにならなければならない。
 従つて、この意味での本当の新劇が生れるためには、まだまだ一朝一夕の努力では駄目だといふことである。

       三

 新劇といつても、そのなかにはいろいろな傾向、ジャンルが含まれてゐるから、それぞれの傾向、ジャンルを掲げていろとりどりの舞台が表はれることはむしろ望ましいことであるが、如何なる傾向いかなるジャンルを問はず、それが単なる娯楽的興行である場合は別として、少くとも芸術行動と名づけられる限り、演劇としての本質を高く掲げて進まなければならないのである。さういふ意味からいへば、永い歴史がこれを示してゐるやうに、如何なる演劇といへども文学に背中を向けることは出来ない。のみならず、文学の中から特に劇文学といふ独特な分野をまつしぐらに開拓して行くものが、いつの時代に於いても演劇のリイダアとなり得るものであると信じる。それ故、今日の演劇の指導精神なるものも結局は今日のもつとも真面目な劇文学者、才能ある劇作家によつて、唱道されなければならない。僕は若いジェネレエションの間から絶えずさう
前へ 次へ
全7ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング