年に圧縮して、次々と目新しいもの、劃時代的なものを見せて行つたのですから、これは演《や》る方も張合があり、観る方も飽きる筈はない。新劇は正に天下泰平でありました。
ところが、「さうは問屋で卸さない」の言葉通り、かの構成派あたりを最後として、欧洲の劇壇は、新柄の発売を停止しました。こちらでは、一と通り見本を並べ終つて、これから、お客さんは、地質、値段の点検にかからうとしてゐる。新劇の方では、生憎、お客さんが、柄いきだけで、品物に飛びついて来ると思ひ、正札は、人絹を本絹並みにつけてあるのです。
かういふと、悪辣なやうですが、これまでの新劇の側からいへば、自分自身、その値段なら買ふつもりでゐたのでせう。
お客さんは、いよいよ、反物を取上げた。
「おや、変だわ、これ、間違つてやしないでせうね」
と、口へはまだ出さぬが、ちらりと売子の顔を見上げた。さあ、これからの応酬が見ものです。
しかし、観客諸君、安心して下さい。築地座は、私の見るところ、今、急いで正札をつけ替へてゐます。のみならず、柄いき以上に、地質の吟味にとりかかつてゐます。
国産品への着眼は、単に時代への迎合ばかりとはいへますまい。
つまり、さういふ矢先でありますし、私から、築地座を初め一般新劇の見物諸君に、特に希望しておきたいことは、将来、新劇といふものの観方を変へていただきたいことです。これは一見無理な註文のやうでありますが、演劇といふものは、もともと、俳優のあらゆる意味に於ける魅力を基調とするものでありますから、瞬間瞬間の舞台に、刻々の眼と耳に愬《うつた》へるイメエジに、かの音楽の演奏を聴くやうな、韻律美の捕捉を心がけていただきたい。芝居の筋や、思想や、演出者の新工夫や、それらは、幕が下りてから思ひ出してみればそれでいいのです。
その代り、途中で、面白くなかつたら、さつさと退席して下さい。切符代が惜しかつたら、自分の席から、舞台へ、「切符代を返せ」と怒鳴ればいいでせう。自分一人では可笑しいと思つたら、左右前後を見廻して御覧なさい。多分同感の士がそこここにゐるでせうから、眼か鼻で合図をして、一斉に足を踏み鳴らして下さい。
これに反して、万一、「うまいなあ」と思つたら、せめて、拍手の真似をして下さい。人の邪魔にさへならなければ、大に手をたたいて下さい。これも遠慮したかつたら、少くとも幕が下りるのを
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