して……。
男優A  この坊つちやんを一目《ひとめ》見ればわかります。
女優D′[#「D′」は縦中横]  これで、女の子なんでございます。
男優A  女の子は男親に似るもんです。僕はもう五六年菱刈君と会ふ機会がないんですが、相変らず元気ですか。
女優D′[#「D′」は縦中横]  はあ、お蔭さまで……相変らず瘠せてはをりますけれど……。
男優A  そんなに瘠せてましたかねえ。僕より瘠せてますか。丈《せい》は高い方《はう》でしたね。
女優D′[#「D′」は縦中横]  普段こゞんでをりますけれど、ちやんと計れば五尺五寸たつぷりございます。
男優A  さうでせう。あゝ、僕は飯沼です。名前は多分御存じだと思ひますが……。
女優D′[#「D′」は縦中横]  あゝ、あの飯沼さんでいらつしやいますか。そんならもう、絶えず主人から、……あら、どうしませう……あたくし、こんな扮《なり》をして……。
男優A  結構です。菱刈君が美しい細君を貰はれたといふ話も聞いてはゐたんですが、いや、こつちこそ。どうも失礼しました。
女優D′[#「D′」は縦中横]  こんなこと申上げていゝかどうか存じませんけれど、なにしろ、かういふ時節柄でございませう。あれこれ工面をしなけれやならないと見えて、主人は昨晩も大阪の方へ参りましたんです。全く、商売なんて心細いもんでございますわね。
男優A  心細いのは御同様です。菱刈君は、しかし、何をやらしても大丈夫な男ですよ。僕は、さう思つてます。機を見る明と云ひますか、昔から先生は、眼のつけどころが違つてましたね。
女優D′[#「D′」は縦中横]  おやおや、あの人が自分で少し、さういふ自信でも持つててくれるといゝんですわ。あら、坊や、何をお口へいれたの……。いやしいことしちや駄目ですよ。さ、そろそろお家へ帰りませう。狭いところでございますけれど、ちつとお遊びにいらしつて下さいませ。
男優A  そのうちに是非……あ、奥さん、名刺をあげておきませう。今ゐるところです。はい、嬢ちやん、あんた持つてらつしやい。食べちやいけませんよ。

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女優D′[#「D′」は縦中横]会釈して去らうとするところへ、男優Bが登場。
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男優B  (女優に向ひ)なんだ、お前そんなところにゐたのか。(男優A
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