の作者、真に作家らしき作家がゐるか。待て! われわれは、まだ、自分の手で作り出さなければならぬもの、また作り出し得るもの、自分の畑で実《みの》らすべき種を、悲しい哉、悉く彼等作者に仰いでゐるんだ。人生のほんの表面の意味、人間の平凡な心理、世相の僅かな観察、そして、舞台の、あの狭い舞台のからくり、それさへわれわれはまだ掴んでゐないのだ。――君たちの書くものぐらゐ、われわれにだつて書けるぞ、かう云へなければ、今日、日本の芝居は面白くなりつこはない。その上で、ほんたうの、専門的な、戯曲家らしい戯曲家の出現を待てばいゝのだ。では、始めよう。
女優A′[#「A′」は縦中横]  先生、ちよつと、質問をさせて下さい。
男優A  なんだ。
女優A′[#「A′」は縦中横]  俳優つていふものは、どこまで行つても、自分が自分でないやうな気がいたします。それを思ふと、あたくし、泣きたくなりますの。人に決《き》めてもらつた人物になるんでもなく、人の書いた台詞《せりふ》を云ふんでもない、今日のやうな場合でも、自分が何処へ行くのかわからず、一言《ひとこと》喋舌《しやべ》つた後で、何をしでかすかわからないんですもの。
男優A  その疑問は、何《いづ》れ、見物が解決してくれるよ。河野君、君から先づ、気のついたことを云つてみ給へ。
女優D′[#「D′」は縦中横]  あたくし、胸がどきどきして、なんにもわかりませんでした。
男優A  困るな。ぢや、遠山君……。
男優C  僕も、誰がどうだつたかよく覚えてゐません。自分のことで頭がいつぱいでしたから……。
[#ここで字下げ終わり]



底本:「岸田國士全集6」岩波書店
   1991(平成3)年5月10日第1刷発行
底本の親本:「職業」改造社
   1934(昭和9)年5月17日発行
初出:「文芸春秋 第十一年第八号」
   1933(昭和8)年8月1日発行
入力:kompass
校正:Juki
2008年5月15日作成
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