の風潮が一時代を支配するに至つては、劇的感動の総てが、デマゴジスムの一色に塗り上げられ、やがて「演劇の貧困」を誘致する原因になるかもしれないのである。
 なほ、演劇に於ける煽動性は、復讐精神と結びついて、かの講談趣味、浪花節趣味舞台の全盛を来たし、ストライキ精神と結びついて、左翼劇運動に利用されつつあることは極めて自然であるが、その結果、遂に、封建的共産思想などといふ変なものが、民衆を戸惑ひさせないとも限らない。何となれば、俳優の煽動性は、常に英雄主義的色彩を放つものだからである。殊に、幼稚な俳優志望者が、概ね、一個の「成功夢想者」であるところからこの方面への影響も甚大である。
 現に筆者の知つてゐる青年で将来舞台に立ちたいといふものがあり、彼は、その出発点も、通つた道も、その到達した理想をも、悉くこれを沢正に学ぶのだと公言してゐる。しかし、現代の若い俳優乃至俳優志望者で、これと同じ考へをもつてゐるものが意外に多からうと思ふ。煽動もここまで行けば恐ろしい。
 そこで問題は、煽動性を除外して大衆劇が成立するかといふと、それは、比較的楽でないといふだけで、異色ある舞台は、今後、寧ろ、その方面から現はれるのではあるまいか。ここでも亦、見物と俳優と作者との、「ある方向への努力」が必要であらう。(一九三一・一)



底本:「岸田國士全集21」岩波書店
   1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「現代演劇論」白水社
   1936(昭和11)年11月20日発行
初出:「都新聞」
   1931(昭和6)年1月16日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月20日作成
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