が、その可能性ありやなしやについて甲は終日頭を悩まします。しかし、自分の方から仲直りを申し出ることはなんとしても自尊心が許さない。向ふからあつさり頭をさげてくれば、――もともと向ふが悪いのだから――とにかく今度だけは赦してやらう。元来、相手は弱気で、平生からこつちを兄貴のやうに慕つてゐるのだから、それぐらゐのことはしてもいゝのだ。いや、するのが当り前だ。さうだ、きつと明日あたり、頭を掻きながらやつて来るだらう。かういふ判断に到達しました。
 ところが、実際は、喧嘩の動機から云つても、喧嘩のしかたから云つても、甲の方にどうもよくないところがあり、乙はいはゞ被害者であつて、恨み骨髄に徹してゐるといふ有様なのです。だから、絶交を宣告したのは甲だけれども、乙はむろんそれこそ望むところであつて、仮りに、どんなことがあらうとも仲直りなどはしない覚悟でゐます。
 甲はかくして惜しい友達の一人を失ひます。
 これはもちろん、甲の反省が足りないところに最も大きな欠陥があるのですけれども、その反省こそ、事実の正確な判断を基礎として行はれなければならないのでありまして、この場合、甲の「希望的判断」が、その反
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