気取らない自己批判であります。
 従つて、「貯金」といふ、戦時下に於ける当然の国民的責務を連想させるためには、頗る厳粛を欠いた、低い調子のものとなるばかりでなく、文章の勢ひといふものは微妙なもので、この標語をうつかり読むと、「花より団子」の意味が全く本来の面目を失つて、却つて逆な印象を与へ、花など愛でるのは迂闊者で、団子の一串さへあれば、そんな花などはどうでもよい、といふ風な口調に響いて来るのです。これまた、たとへ「菓子より貯金」といふ思ひつきが多少可憐であるにもせよ、全体の効果の上から、戦争遂行のために絶対必要な「貯金」の奨励としては、どうもがさつで、「美しい夢」がなさすぎ、たゞ、当り前に、「なるべく多く貯金を」と呼びかけられた方が、ずつとすつきり胸に来るのであります。つまり、多くの宣伝標語に見られるこの種の「いゝ気になつた」言葉の遊びは、おしなべて、語呂が月並で、着想が低く、はしたないまでに露骨で、押しつけがましいところがあります。穿つて云へば、賞金目当ての苦心がありありと文字の間に滲み出てゐます。事柄が事柄だけに、国家の財政を憂ふる気持など毛頭感じられないところに、もともと救ふべからざる表現の空虚があつて、それが根本で、全体から云ふに云はれぬ「卑俗さ」を匂はせるのであります。
 こゝにどうして、責任者は気がつかないのかと、私は宣伝標語を見るたびに思ふのですが、恐らく、青年諸君の多くは、さういふ標語の募集に応じて当選したものを除いては、私と同感であらうと信じます。
 さて、それなら、かういふ事実に対して、青年はどうすればいゝか?
 くれぐれも断つておきますが、私は、今、青年の「嗜み」について語つてゐるのです。
 最も「嗜み」のない一例は、かういふ標語をみて、反感を抑へきれず、「貯金などするものか」と、一瞬でも心の中で叫ぶ、その本末を弁へぬ態度であります。
「貯金」は国家のためにするのであつて、標語を作つたり、選んだりした人間のためにするのではありません。
 それなら、そのポスターを引き裂いてしまふかといふと、これまた穏かでありません。今のところ、このポスターのために、一人でも二人でも、実際、貯金をするものがあつたら、もつけの幸ひだからです。
 青年は、第一に、この種の標語から、「卑俗な」臭ひを嗅ぎつけて、困つたものだと思ふだけで、既に、「嗜み」をいくぶん身につけてゐると自ら信じてよろしい。さういふ「感覚」を備へてゐて、しかも、今時、いちいち、そんなことにばかり神経を使はず、自分たちの時代になつたらと、やがて来る光栄の日を待ちながら、その「感覚」を益々研ぎ澄ましておいてほしいものです。
 青年の力が当然ものを言ひ、自分の意志で物事が処理できる場面で、この「卑俗さ」が忍び込むのを警戒し、阻止しなければならぬ機会は、ほかにいくらでもあります。但し、それは、周囲に気を配ることではない。自分自身の皮膚が犯されるか、犯されないかの問題です。「卑俗さ」は怖れるには当らぬもの、たゞ、何処にあるかがわかつてゐればいゝものです。それはちやうど黴菌のやうなものです。これに対しては、過度の潔癖は禁物で、精神の健康が何よりの抵抗力であります。
「滔々と」といふ形容が実によく当てはまる現代の世相の「卑俗さ」は、是非とも、この戦争の遂行中に、国民の自覚と努力によつて一掃しなければならぬものですが、実を云へば、これはもう、心構へや工夫の問題ではないのです。いはば時代を覆ふ不治の病ひのやうなもので、恐らく、成育期を異にする新しい世代の登場を俟つて、はじめて面目を改め得るていのものであります。青年は、しかし、青年としての矜りと嗜みとをもつて、この内外多難の時代を継ぐに当り、単なる風習の上に如何なる「卑俗さ」が尾を引いてゐたにしても、決して、前世代の善意と苦闘とを疑つてはなりませぬ。まして、諸君に対する熱烈な期待は、表面はどうあらうと、心中、祈りに似たものとなつて燃えてゐます。
 先輩、長上、指導者の言動を、個々に批判するの愚を敢て犯さず、その言はんとするところ、その示さんとするところを、率直に受け容れ、その言ひ方、示し方の「心に満たぬ」ものは、自らこれを補つて、十分に力あるものとすべきです。
 時代はまさにさういふ時代だといふことを、こゝで特に、私は、多感な青年諸君に愬へるものです。

[#7字下げ]一七[#「一七」は中見出し]

 最後に女子青年のために、「女の嗜み」について、もう少し補足しておきたいと思ひます。
「女の嗜み」のうち、最も卑近なものは、身だしなみでせうけれども、これは前にも云つたとほり、単に「化粧」や「服飾」によつて、「美しくみせる」といふことを問題にしてゐるのではなく、むしろ、女の「女らしい」慎みと用意とを正しい「身づくろひ」によつて示す
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