じた専門家の設計によつて、大小の差こそあれ、山村の農家として模範たるべき建築をといふのです。そのうへ、部落全体の集団生活に基づいた、便利でかつ親しみ深い一戸々々の配置が考慮されてゐます。
 村専用の馬車が絶えず人と物とを運んでゐます。道路は常に部落の責任に於て修復され、ラジオ聴取者が全戸数の百パーセント、その代り、新聞は浴場前に掲示するほか、隣保班で回読をする仕組みになつてゐます。
 なほ、この計画に含まれてゐる注目すべき精神は、近代的施設が農民の生活を安逸に馴れしめず、却つて、心身の鍛錬が規則的にできるやうな特別な方法が講ぜられてあることと、この理想郷建設の運動を、単に、一ヶ村の運動に止めず、隣接町村をも蹶起せしめて、共々に協力すべきは協力し、断じてわれ独り模範村の名を得ることで満足しないといふ、誠に今日の要求に合した、国民的自覚の現れであることであります。
 かういふ計画が百年後でなければ実現すまいと思はれる理由について、その青年は極めて率直に村の実情を語ります。みんながその気になつてくれさへすれば、十年後には容易に計画の半ばは達成するだらうにといふのです。そこに大きな、眼に見えない、しかし、国家のためには由々しい障碍と困難とがあるわけです。従つて、この「夢」はこのまゝ独りよがりで、人々にこれを押しつけるやうな態度に出ず、諮るべき人に諮り、説得すべき人は説得して、村全体の総意にまで進め得るものならば、もはや、彼にとつては、これこそひとつの「志」なのであります。
 彼の職業は微々たる一郵便配達です。しかし、彼の存在は、さうなれば、おそらく村の光明であり、郷土の力であらうといふことを、私は固く信ずるものです。
 青年の「夢」が、いはゆる「栄達」であるといふことは、誠に悲しむべきことであります。なかには、地位と権力とを得なければ天下の大事を成し遂げ得ないではないかと云ふものもあります。「天下の大事」とは抑もなんでありませう。国民の一人々々が真の実力を蓄へ、その実力を完全に発揮することより外に、天下の大事などといふものは考へられません。真に有能な職工を得るためには、親子三代その業を継がさねばならぬとまで云はれてゐるのです。さういふ職工が日本に幾人ゐるでせう。そこにも亦、ひとつの「夢」がある筈です。青年が子孫の時代のことを考へてはならぬといふわけはありません。

[#7字下げ]二[#「二」は中見出し]

 青年の一つの「夢」は、なんと云つても、恋愛と結婚でありませう。

 このことについては、他に語る人があると思ひますが、一国の文化といふ見地から、そして、夢と現実の問題にからませて、青年の恋愛と結婚について一言しませう。

 とにもかくにも、異性相惹き、相結ぶといふことは人生に掛ける最も普通の、そして、最も興味ある「出来事」であります。古来、多くの詩歌や物語が、繰り返し繰り返しこれを主題として飽きないといふのはそのためであります。
 まづ、人間の心理、または行為としてこれをみる時に、恋愛は複雑微妙な変化に富み、濃淡色とりどりの多彩な絵巻物となり、時には波瀾をきはめた劇的情景を繰りひろげるのに反して、結婚は、殆ど常に恋愛の終局と考へられ、或は単に「家を持つ」ための便宜手段であるかの如くみられがちであります。
 従つて、恋愛は屡々猥らな情事と混同され、結婚は往々にして事務視されるといふ、甚だ憂ふべき傾向を生じます。
 恋愛はある特定の異性のうちに自分の意に適つた「美」を発見し、この「美」を通じて相手のすべてを神聖な目的物として追求すると共に、相手からも同様の関心をもたれることを熱望する心の動きであります。
 ところで、かゝる異性の「美」は、おほかたは客観的に在るものではなくて、常に、なんとなく心を惹かれる相手のうちに、自分の主観が創り出し、拡大していくものだとする説もあるくらゐで、かうなると、恋愛といふものは、一種の自己陶酔を意味することになります。恋愛は熱病なりと断じた一作家の言葉も、あながち極端だとは云へなくなるのです。
 しかしながら、自己陶酔にせよ、熱病にせよ、人間一人の生涯に於て、それが如何なる役割を果すかといふことに問題は帰するのですから、恋愛をたゞ単に軽々しく扱ひ、または、恋愛のために一切を犠牲にするといふやうな態度は、深く戒めなければなりますまい。
 そこで、私が先づ云ひたいことは、少年期を終つて将に青年期に入らうとする頃から、異性に対してわけもなく面映ゆいやうな気持を意識するやうになる、いはゆる「思春期」についてであります。
 この時期は、青年にとつて最も危険な時期とも云へるのですが、それと云ふのも、この間に、「異性を観る眼」が養はれ、将来、どんな形にせよ、異性との交渉をもつ場合の、大切な「嗜み」が身につくか、つかぬか
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