歩進んだ、人格の実質的和合を基礎とするものでありますから、「夢」としては一見、華やかさと神秘な翳《かげ》をもつてゐない代り、よりおほらかな、より建設的なものをもつてゐます。例へば、恋愛を天|翔《か》ける「夢」だとすれば、結婚は、地上から足をはなさぬ「夢」です。恋愛は想像と情熱の上に築かれる「夢」ですが、結婚の「夢」は希望と努力のうへに築かれます。恋愛は祈願と追求と、時としては不安のなかに呼吸する「夢」ですが、結婚は、激励と譲歩と、常に信頼のうちに育てられる「夢」であります。
[#7字下げ]三[#「三」は中見出し]
青年の「夢」は、かういふ風に、人生のあらゆる問題、あらゆる事件に向つて伸びて行きます。この外に、或は海外雄飛の夢となり、発明発見の夢となり、或は弱者救済の夢となり、武功抜群の夢となり、最も卑俗なものに、玉の輿に乗る夢があり、一攫千金の夢があります。
世間でよく、空想家とか夢想家とか云はれる類ひの人々があります。
一概には云へませんが、空想家、夢想家の常識で嗤はれる理由は、まづ第一に、その夢が現実からまつたく浮きあがつて生命のある美しさをもつてゐないこと、第二に、年齢や実力不相応であること、などでありませう。
そこへ行くと、青年は、本来「夢」に生きてゐると云つてもよく、たゞ、その「夢」の美しからんことを望めばよいのです。
「夢」の美しさは、日本人としての正しい理想と、青年としての豊かな教養から生れます。そして、何よりも、純真な心を必要とします。世間が「夢のやうな話」と一笑に附するもののうちに、どんな「偉大な夢」がないとは限りません。
[#7字下げ]四[#「四」は中見出し]
多難にしてまた多幸な日本の将来を想ふとき、私は、今日の青年諸君が、一人々々、美しく、逞しい夢をもつてゐてほしいと思ひます。
青年の夢は、もとより国家の理想につながらなければならぬ。そして、それは飽くまでも、自分の至誠と情熱とを土台とし、信念にまで高められる「志」となつて、はじめて輝かしい希望の色を帯び、雄大な気宇を生むのです。
「志」を立てるとは、それゆゑ、国民の一人として、男女の別なく、己の進むべき道をはつきり見定めることであるけれども、そこにはおのづから、境遇の制約があり、個人の力量に応じた道の選択があるべきで、そのことは夢の美しさ、逞しさを少しも阻害するものではありません。なぜなら、昭和の聖代に於ける国民一人々々の「志」は、或は臣道の実践と云ひ、或は職域奉公と云はれるもののうちで十分にそれが遂げられるばかりでなく、そこには、嘗ての時代に見られなかつた、青年への限りない期待がかけられてゐるからです。
戦線に立つて弾雨を浴びるものの大部分は青年であり、生産の場で全身汗となつて働くものの多くは青年であるといふ事実は云ふまでもありません。私たちは、大東亜の建設を目指す長期の国家活動が、今日の青年の手に俟たなければならぬと信じるがゆゑに、その青年の現実のすがたが、すべて、その任にふさはしく、大国民たるの力と品位とを示すものであることを希ふのであります。
こゝに、新しい日本青年の理想の型が生れて来なければなりません。
理想の型とは、いはゆる「典型」であります。かくあるべき最上のすがたであります。男子には男子の、女子には女子の典型が考へられる。しかも、それは根本に於て全日本青年に共通なものを含みながら、なほかつ、それぞれの個性を生かし、職能の特色を発揮し、年齢の段階をはつきり示したものであります。
今日まで、およそ軍人を除いては、社会一般に、この典型なるものを閑却してゐました。それがために、「類型」がはびこつた。「類型」とは一見それとわかる月並な型をいふのであります。役人の型とか教師の型とか、或は商人の型とかいふのがそれです。職業が知らず識らず風貌と言動の上に与へる習性、または固癖のやうなものであつて、それは常に一種の臭味を伴ひ、多くは反感と侮蔑の種を蒔きます。
「類型」は好まずしてそれに陥るものでありますが、「典型」は見事な訓練によつて創造するものです。
昔は今に比べて、各階級ともに、典型を重んずる風があり、武士はもとより、町人ですら、一つの典型をもつてゐました。典型はまづ家庭教育の指標であり、社会に於ける人物批判の尺度でありました。かの「躾け」は、典型に準拠した子女錬成の手段に外ならず、「嗜み」とは、これまた、それぞれの立場で、典型に合致しようとする努力の結果と見るべきであります。
典型が生れるところには、必ず「矜《ほこ》り」がなければなりません。ある種の社会的階級が、嘗ては矜りを無視した時代もありました。さういふ階級や、その階級に属する職業に典型がなかつたのは当然であります。しかし、今日は、何れの階級、何れの職業にも、
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