だけ、お持ちになつてね。
鳥羽 いゝな、その言葉は。しかし、滅多に使ふのはよし給へよ。ぢや皆さん、永《ながら》く御厄介になりました。いや/\、どうかそのまゝ。(誰も送つて出ようともしない。詩人は玄関の方に去る)
鴨子 本当に引越すの、あの方。
妻 あれで心はいゝ人ね、すこしうるさいだけよ。
夫 だが、呑込《のみこみ》だけは早いな。察しのつくこと驚くべしだ。
茶木 簡単に出て行くね。どうだい、代りに僕が来ようか。
夫 (顔を見合せ同時に)もう人をおくのは、コリ/\だ。
妻 もう人をおくのはコリ/\よ。
鴨子 あたしなんだか、気の毒になつて来たわ。
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不意に鳥羽があらはれ、手紙を放り出す。
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鳥羽 郵便が来てましたよ。(よごれた二足の下駄をすかして見る)
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玄関が暗くてよく見えない。
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妻 (封筒の宛名を見て)あたしんとこだわ。
茶木 (鳥羽の方を見て)あ、それ、片方は僕んです。
妻 (封筒を裏返し)おや、門司のをばさんからだわ。たうとう駄目だつたのかしら。(開封して黙読す)
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鳥羽と茶木とは、下駄を代る代るにとりかへて見比べる。
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妻 (突然)人を馬鹿にしてるわ。(一同驚く)
妻 (夫に)これ御覧なさい。をぢさんは気が違つてゐるんですつて――だから何を言つても本気にするなつていふのよ。
夫 (読みながら)なんだ、これで見ると金持どころの騒ぎぢやないぢやないか。
妻 人さへ見れば、五万円|宛《づつ》やるつていふらしいわね。なるほど、それぢや病気だわ。
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鳥羽、茶木、鴨子何れも唖然としてこの話を聞いてゐる。
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鳥羽 (にや/\しながら)さういふ病気は苦しくないだけいゝよ。
妻 まつたくだわ。
鳥羽 そこで我らは又逆戻りだ。(二階へ上りかける)
夫 (てれくささうに)ぢや鳥羽さん、御覧の通り世帯はまた開業ですから、どうかよろしく。
鳥羽 いやなに、どうぞ御
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