様に少しおねがひがあつて、伺ひましたの。
詩人  僕は居たつてかまはないでせう。
若い女  いゝえ、貴方《あなた》がいらしつちやこまるの、秘密のお話だから。
詩人  それぢやあとで、二階へおいでなさい。(詩人二階へ上る)
妻  何んのお話、いつたい?
若い女  あのね、奥様にこんなことお願ひするの、変ですけど、あたしもう困つちやつて……。(あたりに気を配り)聞えやしないかしら……。
妻  大丈夫。ぢや、もつとこつちへいらつしやい。
若い女  (妻の方へにじりより)あたしね、はじめ、鳥羽さんつていふ方、もつと偉い詩人だと思つてましたのよ。ですから、少し崇拝しちやつてたの。お笑ひになつちやいやよ。でも、この頃やつとほんとのことが判つて来たの。それに、あの方時々|家《うち》へなんか入らつしやるでせう。なんどそれは困るつていつても、お判りにならないのよ。父がそのたんびにいやな顔をするんですもの。「ありや何処の乞食だ」なんてあとで言ふのよ。あたし困つちやふの。でも、かう言つちや悪いけど、随分ひどい下駄をはいてらつしやるのよ。
妻  あの下駄でせう。あれしかないんですもの。
若い女  それだけならよござんすけど、家《うち》なんかで、あんまりなれ/\しい口の利《き》きやうをなさるものだから、母でさへ怒つてますわ。
妻  で、つまりあなたのお宅へ伺はないやうに、あたしから言つて呉れつて仰つしやるのね。
若い女  えゝ。それと、あたしも当分伺へないからつて、直接ぢや又、うるさうござんすから、これも奥様から……。
妻  やれ/\、大変な役目ね。

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詩人階段の上から半身をあらはし、
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詩人  まだですか。
妻  まだよ。
詩人  鴨《かも》ちやん。いゝかげんに話を切りあげて、こつちへいらつしやい。
妻  そんなとこから顔を出すもんぢやありませんよ。(詩人引込む)
若い女  あたし、あの方の顔を見るのも、なんだかこはくなつて来たわ。
妻  (夫の方に行き)ねえ、貴方《あなた》、お聞きになつて……鴨子さんのお話。
夫  あらまし聞いたよ。
妻  どうしたもんでせう?
夫  相談かい、相談なら規約によつて、御免蒙るよ。
妻  そんな戯談は兎に角として、あたし達がそんなこと言つたら却つて怒りやしないか
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