なら、三日や四日で、おれのそばへ舞戻つて来る気はしまいしね。
妻  お母さんとこも、せい/″\二日ね、三日からはもうお客さんぢやなくなるんですもの。
夫  それがさ、実家《さと》がいやんなつたら、此所《こゝ》へ帰つて来なけれやならんといふ法はあるまい。同じ家で顔をつき合はせてゐるんぢや。いくら規約を作つたつて、完全な世帯休業が出来ないよ。おれは、まあかうして居てもいゝが、お前は温泉へ行くなりさ、友達を誘つて毎日芝居や活動へ出かけるつて云ふんなら、一週間ぐらゐ夢のやうにたつだらう。
妻  一週間ぢや、物たりないくらゐだわ。
夫  さうさ、おれの方でも亦それなら自由行動のとり方もある。会社から直様《すぐさま》こゝへ帰つて来なくつても、いくらだつて寄り道は出来るからね。一時、二時まで外にゐるつてことは、こいつ懐中《ふところ》十分でないと相当骨が折れる。
妻  だつてお金があれば、何も世帯休業なんてする必要はないんだわ。お互に気まづい思ひをしなくてもすむんですもの。
夫  いや、さうはいかん。それとこれとは別だ。とにかく、しばらく夫婦といふ名分から放れるといふことが、永い夫婦生活の間の息ぬきとして、誰にでも必要なんだ。
妻  でも、お金があれば、変化のある生活が出来るぢやないの……楽しみだつて、ふえるし。
夫  お前の愚痴も減るし。
妻  さうだわ、お金が入つたら、真先にどつか海岸へ行きませうよ。あたし、ホテル生活がして見たいわ。
夫  お前は勝手にさうするさ。独りでさびしかつたら、適当な相手を連れて行くんだね。
妻  まあ、それで貴方《あなた》は貴方で、適当な相手を引張り込まうて言ふの。
夫  まあその辺は、まかせといてもらはう。
妻  いゝわね、だけど、お金が入るつてことは、何も彼も新らしくなるつて気がするわ。あなたさういふ気持なさらない?
夫  おれはまだ、なんにもいふ資格はない。まあよろしくやつてくれ。

[#ここから5字下げ]
また詩人が降りて来る。原稿紙をもつてゐる。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
夫  (知らん顔をして)「もし、この女の鬢《びん》を吹く風しもにゐたら、白粉《おしろい》のぷんとしたかをり、髪の油のなまめかしさで、まだ年の若いのが判断されたゞらう」
詩人  (妻のそばに坐り)これです。短いもんです。
夫 
前へ 次へ
全17ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング