はをかしいのである。
 今年は学校問題がやかましい。中等学校へ進む子女をもつ両親の苦慮を眼のあたりみた私は、更に、高等学校の理科志望が少いといふ傾向について、当局その他の意見を読み、つらつら「教育の危機」といふことを感じた。
 例へば、理科志望者の減少は、科学思想の衰退に原因があるとか、又は、技術者は前途を恵まれてゐないからだとか、さういふ議論は一応尤ものやうでゐて、ちつとも真相を穿つてゐないのである。仮に、それが事実の一面を語つてゐるとすれば、それは寧ろ、この現象をさういふ眼でばかり見たがる人間が指導階級の中に充満してゐるといふ呪ふべき時代に罪があるのである。
 科学思想は科学を奨励することによつてのみ高められるものではなく、技術者の前途が恵まれてゐないといふのは、立身出世主義の標準で片づけられる問題ではない。
 ある専門学校で、新任の国語の教師が、最初の授業をはじめた。生徒は、時間の終りにその教師に向つてかう云つた……
「先生、僕たちは訓話の学は自分で勉強します。教室ではもつと、文学的な講義をしてください」
 二時間目に、教師は、授業をはじめる前に宣言した。
「君たちの注文はわかつたが、急にそんな講義はできない。まあ、僕にできることをやらう」
 三時間目には、生徒はたつた二人しか出席しなかつた。
 試験の日には、生徒は殆どみな出席した。
「君達は、試験の時ばかり来て普段はまるで顔を見せないね。それでよく、どの学科でも試験が受けられるね」
 すると、一人のよくない生徒が応じた。
「しかし、みんなが休むのは先生の講義だけですよ」
 この話は厭な話である。しかし、これを私に話した学生は、この春休みに英語の小説を一冊、辞引を引きながら読む人だと云つてゐた。困つた話である。



底本:「岸田國士全集24」岩波書店
   1991(平成3)年3月8日発行
底本の親本:「文学界 第七巻第四号」
   1940(昭和15)年4月1日発行
初出:「文学界 第七巻第四号」
   1940(昭和15)年4月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年1月20日作成
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