に知つてるんですが、彼にセザンヌの何処がわかるんです。ファンタン・ラトゥウルをどう見てるんです。
プルウスト  批評とは云へないさ。
モルビエ  なほさうです。彼は、例の饒舌で、楽屋噺をして聴かせる。それが、彼の見栄です。あなたの序文を貰ひたかつたのも、その見栄の延長ですよ。あなたのやうな人から、モン・ナミ・ジャックとかなんとか云つて欲しいからなんです。
プルウスト  さう呼んでもいゝんだから、しかたがない。
モルビエ  幼馴染としてゞすか。しかし、あなたの芸術的地位が、今は、もう、それを許しません。あなたの書かれたものは、一言一句、新時代に芸術的影響を及ぼすものと思つて下さらなければ困ります。あなたが、序文を引受けられたといふ話だけで、既に彼の才能は不当に高く評価されようとしてゐるんです。無論、一部での話ですが…………。
プルウスト  それならいゝさ。
モルビエ  実は、この間も、その話を開いて、是非それだけは止めて貰はうなんて、こゝへ押しかけて来さうにした連中がゐました。僕が、今は面会謝絶で駄目だつて云ひますと、そんなら、電話で話さうといふわけです。電話をお引きにならないのが、とんだ役に立ちましたよ。
プルウスト  (苦笑する)

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この時、下男がはひつて来る。
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下男  ムッシウ・ジャック・グランジュが、お見えになりました。
プルウスト  モルビエ、君は、また話に来てくれ給へ。
モルビエ  お大事に…………。なにか、社へお言伝はありませんか。
プルウスト  今、別にない。ジイドに、あんまり勉強するなつて云つてくれ給へ。

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モルビエ、去る。
下男が、ジャック・グランジュを案内して来る。
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グランジュ  モン・シェエル・マルセル! 思つたほど窶れてもゐないね。
プルウスト  本が出来ましたね。
グランジュ  (手にもつた新刊の自著を相手の手に渡し)これを見せたいのでやつて来たんだ。いろいろ、心配をかけて、どうも…………。
プルウスト  (頁を切つてない本を、そのまゝ開いたり閉ぢたりしてみる)
グランジュ  珍しく誤植の多い本でね。君は誤植は嫌ひだらうな。
プルウスト  …………
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