うするよ。これは君の友情に酬いるたゞ一つの方法だ。君の立場を明かにして、君の周囲のものを安心させてやるよ。
プルウスト そんなことをする必要が何処にある。今、読み返してみて、多少云ひ足りないところはあると思ふが、全体を通じて、僕の考へは明白に出てゐる。取り消さなければならないところはない。
グランジュ それや、ほんとかい。
プルウスト ほんたうだ。
グランジュ よし。ありがたう…………。
[#ここから5字下げ]
長い沈黙。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
グランジュ 君の健康も、だん/\恢復するやうだし、これからまた、どし/\傑作を書いてくれ。君が、サラ・ベルナアルの年まで生きられるんだと思ふと、我輩は実に愉快だ。そのうちに、アカデミイ・フランセユズで、君は、ジャック・リヴィエエルやアンドレ・ジイドと椅子を並べるだらう。ポオル・モオランも、その次ぐらゐにはひるかな。その頃は、ポオル・クロオデルが君たちの仲間に加つて、仏蘭西大統領に納まるだらう。さうすると、我輩の絵も、お蔭で、肖像博物館に陳列されて、――おや、これは、家にあるジャック・グランジュつていふ三文画家の絵みたいだ、なんて、臆面もなく立止つて見る見物人も出て来るわけだ。
プルウスト (ひそかに眉を寄せる)
グランジュ してみると、やつぱり、君の、あの志願兵の軍服姿を、一枚描いとくんだつたな。アツシリヤの王子みたいな奴をさ。
プルウスト (笑はうとしない)
グランジュ だが、我輩の絵は兎に角、モデルの選択については、大に自慢してもいゝことがあるんだぜ。
プルウスト それは、この序文に、僕が書いたことだ。
グランジュ あゝ、さう/\。――但し自分を除いてはと、君は書いた。それを除かれてたまるもんか。君の肖像を描いたのも、君のゴンクウル賞以前だ。ジイドにしろ、バレスにしろ…………。
プルウスト (やゝ荒々しく)もうわかつてる。
グランジュ 大家になつてからの肖像なら、誰でも描く。その最も甚しいのは、ヴェロニだ。君のところへはまだ来ないかい。
プルウスト …………。
グランジュ もうぢきやつて来るから、見てゐ給へ。(間)怒つたのかい、マルセル…………。
プルウスト …………。
グランジュ 我輩のお喋舌は、つまらんだらう。
プルウスト ……
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