事実、欧洲の演劇が、その先駆的精神のみにもせよ、期せずして、「演劇の再演劇化」に一つの合言葉を発見したのは、あらゆる範囲、あらゆる程度の革新運動が、常に、「演劇的ならざるもの」を舞台上に横行せしめる結果となり、演劇それ自身の美は、何物かの背後にかくされて、いはば、主客顛倒の有様を現出したからであつて、殊に、わが国のやうに新劇の発生動機が、全く独特な事情と結びついてゐる場合、この危険は初めから目に見えてゐたのである。
 即ち、わが国の新劇は、云ふまでもなく、時代の文学的欲求から生れたものである。その指導者は勢ひ主として文学者乃至外国劇の紹介者、稀に、文学の重荷を負はされた職業俳優であつた。そして最後に、やや演出専門とも称すべき劇場芸術家の参加を見たが、舞台はその時代から濃厚な思想的色彩に塗り上げられた。
 かういふ次第であるから、演劇は絶えず、演劇本来の姿を見失つて、何者かの手段となるにすぎず、その生命は自然の成長を阻まれてゐたのである。勿論、この間に、欧羅巴流の新演劇論を鵜呑みにして、表面、「演劇より文学を排除せよ」と叫んだ人たちの名も浮ぶのであるが、さういふ人たちの一様に陥つた過失は、その「文学」に代るものを発見し得なかつたことだ。少くとも、それを舞台の上に示すために必要な努力を払はなかつたことだ。
 わが国の新劇は、今日まで、凡そ理論といふ理論を潜り抜けて来た。そして、遂に行きづまつた。罪は、世界的不況にあるのでもなく、「問屋の種切れ」にあるのでもない。要するに、演劇の本質に対し、あまりに無関心であり、あまりに、認識を欠いてゐたからだ。

       二

 私は、コポオの所謂、「演劇の本質は、古今の偉大なる劇的作品の中にこれを発見すべし」と云つた言葉の真意について考へたい。彼は現代欧洲劇壇の先覚者中、「文学」に最も近くその位置を占めてゐる人物であるが、彼の業績は、それにも拘はらず、「演劇の再演劇化」に向つて、最も大きな歩みを歩んだものと私は信じてゐる。
 これを、私の見解に照せば、彼は、演劇精神の伝統を現代に活かす以外、如何なる手段も、如何なる材料も、今日の舞台に生命を与へることができないことに気づいた一人であつて、衒学的軽業師の尊大な新理論よりも、各時代の要求に応じて生れ、それぞれの時代の舞台的革新に役立つた不朽の劇的作品を信じ、古典はそれ自身として現代に再生することはできなくても、そのなかに含まれてゐる要素、即ち、「戯曲でなくては現はせないもの」の実体を掴むことにより、「永遠に新しい美」といふものが、今日の時代に於て、如何なる姿を取るべきかを教へられるだらうと感じたのである。これは、誠に、平凡な真理に似て、先駆者コポオの主張としては物足りなく思ふ人もあらうが、その真意は、かの官学派的伝統主義と異り、これを正当に理解するためには、もう一歩進んだ註釈が必要なのである。この註釈は、しかし、飽くまで私の註釈であつて、恐らく蛇足であるかもしれないが、由来、戯曲が文学として取扱はれて来た結果、戯曲の批評は、専ら文学的観点からのみ行はれ、舞台的価値が云々される場合は、単に、「成功」「不成功」の二語によつて片づけられた傾きがある。ところが、戯曲が文学であることは差支ないとして、また、古来傑れた戯曲が、文学的にも様々な創造的特質を備へてゐたことは争へないとして、然らば、戯曲作家が、何故に、文学の他の様式を選ばずに、この様式を選んでその思想なり感情なりを盛らうとしたか、またこの戯曲なる様式の舞台化から、新たに何を求めようとしたか、さういふ点をはつきりさせた批評家は殆んどないと云つていい。コポオは、戯曲文学を対象として、この点を重大視したやうに思へる。言ひ換へれば、文学としての文学から、文学そのものの特質を引出す代りに、只管、舞台的生命たり得るものを引出さうとしたのである。彼は、しかしまだ、同時に文学の要素をも棄てきることはできなかつた。否寧ろ、戯曲の舞台的生命は、ある種の文学的生命を母胎とし、そこからのみ生れるものと信じてゐるらしい。「カラマゾフ兄弟」の脚色は、その間の消息を語るものと私は解してゐる。
 事実に於て、古今の偉大なる戯曲作家は一面、傑れたる文学者であつたといへるし、また、ある時代の流行劇作家が、この貧弱粗雑な文学的才能のために、その作品は悉く、次の時代に忘れられ、舞台的生命を失つた例も少くない。が、また、傑れた詩人、小説家、必ずしも名戯曲家たらず、さうかと思ふと、文学的には調子の低い主題を、戯曲としては生彩に富み、感激に満ちた作品として示し得る才能、つまりルナアルの所謂「卑俗にして偉大な」芸術家をもわれわれは識つてゐるのである。
 なるほど、コポオは、この最後のものには与しないやうであるが、それはそれで、一個の主義とし
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