を、まるで犬か猫かを呼ぶやうに時々顔をあげて呼ぶと、それがまた馴らされた犬か猫かのやうに、小さな尻尾をふりふり足もとへじやれつく光景は、どうも腑に落ちぬ手品のやうなものであつた。
 命令はまだないけれども、どうせこの分では夕食の準備をしなければなるまいと、将校の当番たちが気を揉んでゐる。と、やがて、主計から、鶏と卵を買ひに行けと命令が伝はつて来る。それといふので、兵隊たちは腰をあげた。
「道を迷ふな」
「銃を持つてけ、銃を」
「懐中電燈はないかなあ」
「えゝと、うちはいくつあればいゝんだ?」
 さういふ声が、もう、薄暗がりのなかに消えて行く。
 しかし、作業は間もなく終つてしまつた。
 集合、行軍隊形の編成、出発。
 住民の一人を道案内として、部隊は軍工路を目標に凱旋だ。
 とは云ふものゝ、この闇は、実のところ、われには不利な条件で、敵の乗ずべき好機なのである。
 道らしい道はすぐに尽きて、例の畔道伝ひである。少し広いところに出たと思ふと、片側はクリークになつてゐて、足をすべらしたらそれまでだ。一列側面縦隊の、前も後ろも見分けのつかぬなかで、時々、ばたりと誰かの倒れる気配がする。
 私は部隊長の後ろにゐたつもりだが、いつの間にかだんだん追ひ越され追ひ越され、つひに話しかけた後ろ姿の対手は人もあらうに例の捕虜であつた。
 道がやゝ平らになり、ほつとして足もとをみると、すぐ眼の下を黒々と水が流れてゐる。驚いて一足あとへさがつた。
「大丈夫ですか? お疲れになつたでせう」
 今井君らしい声である。そんなにふらふらしてゐるか知らと思ふ。
 空がぽつと明るくなつたらしい。眼に冷やりとしたものが感じられる。いま、大きなクリークに沿つた道を歩いてゐるのである。岸に楊柳の並木が立ち並んでゐる。
 足の痛みも、喉の渇きも忘れるやうな、ある無感覚の状態にときどきはひる。自分が歩いてゐるのだといふことさへ意識しない瞬間である。
 灰色のビルディングが眼に浮ぶ。その前をすうつと通り過ぎてゐるのだなと頭のしんで考へながら、それがどこなのかわからない。美しいその建物のファサアドが、月光を浴びたやうに輝いてゐるのに気がつく。ふと我れにかへる。ビルディングと思つてゐたのは、楊柳の幹の間から、星空を映すクリークの水面であつた。
 先頭が止つた。渡し場へ着いたのである。向う岸から女の声で、
「わたし待
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