きすぎてどうにもならないことがわかつたのである。
左翼隊の行動はこゝで一大障碍にぶつかつた。斎藤隊長は新たな情況によつて、進路を右に求め、敵前のクリークを泳いでゞも渡る決心であるといふことを小川部隊長に報告した。
「よし、やれ!」
移動がはじまつた。
夜はほのぼのと明けかけ、暁天の星の瞬きが美しい。闇の帷は朝霧の幕に代つて、自然の色彩が徐ろに万物の眼ざめの姿を浮きださせる、あの荘厳な一つ時である。
私にとつてはまつたく不意に、殆ど側背と思はれる方向から盛んな銃声が起り、頭上をかすめて、ピユッピユッと弾丸が飛んで来だした。噂に聞くチエッコ機関銃の音も交つてゐる。
こつちの部隊はそこで戦闘隊形を整へた。私たちは馬から降りて姿勢を低くした。が、私のそばにゐてくれる筈の小川部隊長は、事態容易ならずと察してか、乗り棄てた馬を更に呼び寄せて悠々これに跨り、戦闘部隊のなかへ飛び込んで、自ら部下を督励しはじめた。
「まだまだ射つちやいかん。敵の弾丸は高いぞ。前進だ、前進だ」
百米でもうその姿は見えなくなるやうな深い霧であつた。
おくれるのは仕方がないとしても、部隊とはぐれては困るので、私は、当番の今井君に眼くばせしてぢりぢり前へ出た。桂班長も、配下の通訳ほか数名を引きつれてやつて来た。
隊長の大声叱呼する声が次第に遠くなる。味方もやつと射撃を開始したらしい。
が、さつきから、前方の銃声とは別に、私のすぐ左二百米以内に敵がゐて、しきりにこつちを撃つてくるやうな気がしてならぬ。銃声はそれほど近く、しかも、そつちから来る弾丸が私たちの頭上を超えて右側のクリークに沿つた楊柳の枝をばらばらと落してゐるのである。
敵味方の銃声が入り乱れるなかに、伝令の息せききつた声が耳にはひる。
すぐ逃げると思つてゐた敵が、何時までも頑張つてゐるので、私は少し焦れつたくなつた。なるほどかういふ奴もゐるのだなと、はじめて正規兵なるものゝ馬鹿にならぬことに気がついた。
私は稲を刈りとつた乾田の、露に濡れた土の上に腹這ひになつてゐる。せめて畔道を楯にからだを隠さうと思ふのだが、なかなか起ちあがる機会がない。やつと顔をあげて左右を見渡してゐるうちに、つひ百米ほどはなれた畑のなかに、霧でぼんやり包まれた百姓女の姿を発見して、私ははツとした。彼女は、片手にザルを抱へ、前こゞみの落ちつき払つた姿勢で
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