しない。われわれは苦力ではないといふのださうである。しかし、日本の女が自分でそれをやつてみせると、しかたがなしにやるやうになつたといふのである。北京ではじめて女事務員を雇つたある日本人が、手紙を出して来いと命じたところ、そんな仕事は女のすることぢやないと云つて突つ刎ねられたといふ話を嘗て聞いた。日本人は第一に支那女性のお気に入らぬところがありさうである。
雨がやみ、廬山が見えだした。なるほど嶮峻な峰の連続である。頂に近いところに、白く人家らしいものが見える。外国人の別荘であらう。あの谷間々々には残敵が巣食つてゐるのだと聞いても、別にもう驚かない。
軍報道部松岡中尉の誘導で、星子方面の第一線視察に赴く。隘口街攻撃の火蓋を切つてゐる○○部隊の本部から、やゝ前方の高地へ出た。味方の砲兵陣地がすぐ眼の下で、しかも砲列は高地を前後に挟んだ形になつてをり、自然、弾丸の唸りを頭上に聞くわけだから、最初の一発は、敵の弾丸が飛んで来たのかと思つた。
山腹の目標に中つて炸裂するわが砲弾の威力は物凄く思はれたが、敵の姿はむろん見えず、味方の歩兵も何処をどう動いてゐるのか見分けがつかぬ。たゞ部隊本部に通ずる道路上、並にその両側の、人と馬と車の描きだす静動相半ばする風景は、何ものにも譬へ難い息づまるやうな戦線の呼吸を感じさせる。混乱のなかの秩序、休息のなかの緊張、絶望のなかの生命がそこに見出される。身を以てこれを描き得たのが火野葦平氏であらう。
時々迫撃砲などそこから撃ちだすといふ側背の廬山は、例の飯塚部隊長戦死の跡といふ山襞をむき出して、右手前方に伸び、その先端の金輪峰が晴れた秋空にそゝり立つてゐる。秋空とは云へ、真夏のやうな太陽が照りつけるなかに、われわれは立ち、流れる汗を拭く気にもならぬ。昼食の時間になり、小松の蔭に腰をおろして飯盒の弁当をつゝいた。何処からかビールとサイダアが運ばれる。かういふ主客転倒のやうな状態が時々われわれを途方に暮れさせた。将兵の労苦をちと味はせてやれといふやうな意識はわれわれを迎へる前線の何処にも感じられない。これは当り前のことのやうだが、特筆大書すべきことである。日本人のほんたうの姿がそれなのである。彼等の真の労苦は、われわれの如何なる想像をも絶したところにあり、将兵おのおのゝ精神と肉体とが、言葉なくしてそれに堪へ、それに打ち克ち、人生至高の歴史を
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