煽動気味であるが、民衆は存外その笛に踊らない。が、それでゐて、無関心なのかといへば決してさうでない証拠に、広東でも海南島でも、やる時にはやるべしといふ決意を蔵してゐる。実にさういふところは頼もしい。この民衆の表情をそのまゝ大写しにして彼等に見せてやりたいと思ふくらゐである。
民主々義国に於ける日本の評判のわるさは、単に彼等の東洋に於ける地盤を荒す小癪者といふやうな「政治的」理由による反感ばかりではない。さういふ反感の現れならば、さういふ形でのみ現はれるべきである。われわれはそれに対して顔を赧らめる必要はない。侵略国の名さへ、向ふで勝手につけたのだと、われわれは横を向いてゐることもできる。しかしながら、たゞ困ると思ふのは、日本の現在には、遠大な政治のみがあつて「国民」の「感覚」がないといふ観察を彼等に下さしめることである。
一切の邪魔ものを取除くのはよろしい。国民全体が納得するやうな理由をつけてほしい。
支那が欧米に依存し日本を疎んじる結果がこの事変を捲き起したのだといふ議論は、一見筋が通つてゐるやうで、なにかお互にさつぱりしないものが後に残る。東亜協同体の結成も、東亜新秩序の建設も、このさつぱりしないところを頬かぶりで通つてはいけないのだと思ふ。国民は今、何故に支那がかくまで欧米に依存し、われを疎んずる挙に出でたかを、とことんまで突きつめて考へてみなくてはならない時機である。
政府当局も亦「国策の線に沿つて」この一点を十分に事変処理のプログラムのなかに具現し、第一に支那自身を、第二に、国民を将来の杞憂から解放することが目下の急務である。
維新政府対外人宣教師の問題でも、かういふ常識の上に立つて事が進められつゝあると見ていゝかどうか、私は国民の一人として黙過できないのである。
思はず脱線してしまつたが、以上の感想は別にこの楊州地区に於ける外人宣教師の現状に基いて云々したわけではない。特に断つておく。
緑楊旅社
本部指定の支那旅館に部屋をとつて貰ふ。日本で編まれた案内記によると、楊州の旅館の一般に不潔極まることを吹聴してあるが、この緑楊旅社は、流石に御用宿舎だけあつてそんなにひどくない。南京虫は覚悟の前であつたけれども、それさへ私の泊つた間には顔をみせなかつた。
正面入口をはひると、広い土間のホールがあり、これが、衝立で奥の食堂と仕切つてあ
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