、一対の回向料を差出す。
 船まで送つて来た若僧は、一同の武運長久を祈つてくれた。
 こゝから、運河は二つに分れる。匪賊の最も横行する場所とのこと、乗組の護衛兵は一層警戒の眼を厳にする。
 かういふ風にして天津まで行くのに幾日かゝるだらうとみなで笑ひながら話す。発動汽船ならレコードがつくれるだらうと誰かゞ云ふ。そんな暢気なことを喋つてゐる場所は、つひこの間、わが輸送部隊の襲撃されたところである。しばらくして、船がまた速力を緩める。
 甲板に出てみると、岸に近く二階建の家屋があり、そこを中心に民家が左右に軒をつらね、運河に沿つた小部落を形づくつてゐる。
 そして、その二階家は、土嚢の陣地をもつて囲まれ、入口に到る一側に若い将校を長とする一小部隊が二列横隊に整列して、部隊長の来着を待ち構へてゐるのである。
 大熊部隊長は徐ろに起ち上り、
「あゝこれが○○守備隊だな」
 と、部下の労苦をまづ感じ取る。
「気をつけ!」
 守備隊長は、感激にふるへる一声、続いて、兵士が二人、素早く踏み板を提げ、甲板と岸とをつなぐ。
 大熊部隊長は、小川部隊長以下を従へて閲兵のため上陸する。私は甲板に残つてゐた。
「捧げ銃!」
 の号令で、私はふと、これらの将兵の眼を見た。そして、ぐつと胸がつまつた。彼等の眼はいづれも涙に光つてゐる。いや、もう既に泣いてゐるものすらある。部隊長の手許をはなれて数ヶ月、この僻陬の一部落に屯し、日夜敵襲に備へ、住民の向背に気を配り、偵察と連絡と給養と、その何れにも難を冒し、死を賭けてゐるのである。
 部隊長のたまさかの巡視は、信頼につながる上下の心を無言の凝視の間に読み合ふ瞬間なのである。
 この厳粛で、しかも感傷に満ちた光景は永く私の記憶を去らないであらう。
 再び部隊長をのせた船が滑り出すと、送るもの、送られるもの、互に万感をこめて礼を交す。大熊部隊長の大きく挙げた答礼の挙手がいつまでもおろされない。すると、その手が心もちふるへて来た。私は急いで眼を転じた。岸に立ち並ぶ人家の前には、それぞれ住民たちが出てゐて、あるものは日の丸の旗を振り、あるものは帽子を脱いで頭をさげ、部隊長に敬意を表してゐるのだとわかつた。予めさういふ命令が出てゐるのであらうけれども、かういふ躾けの効果は私にはなんとも判断がつかぬ。恐らく、支那の無知識階級に対しては、これがなんらかの政治的指
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