本演劇史の研究をしてゐるひとが通訳してくれるのである。前の晩に少しばかり宿で打合せをしただけであるが、当日、同氏は実に流暢な英語で、しかも専門的な言葉には詳しい註釈をつけて見事な通訳ぶりをみせたのには、私も感服した。
私は、日本古来の演劇伝統についてひと通り話し、能、狂言、歌舞伎の特質を素人向きになるべく解り易く説明しておいて、さて、日本の古典劇のみを通じて現代の日本を知ることの困難を指摘し、日本人自らも、新時代の生活表現を新たな演劇形式のなかに見出さうとしてゐる努力の一部を紹介し、新協、新築地、文学座等の存在を記憶してゐてもらいたいといふ風に、我が田に水を引いておいた。
三時間に亘る講演中、言葉のわからぬためか、内容に興味を感じないせいか、二三欠伸をしたり、居眠りをしたりしてゐるものもあつた。が、大体に、熱心に眼がこつちへ向けられてゐるやうであつた。
食事の時刻になつた。館長の渡辺氏や、外務省嘱託の稲葉子爵や、通訳の国友氏や職員で仏文出の鈴木氏やと一緒に、学生と同じ献立の家庭料理を御馳走になつた。南育ちの人々が多いからといふので、特にカレー汁が食卓に用意されてゐた。
夜は有志
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