、恐らく自然に今までより深い自覚をもつやうになるであらうが、その自覚をうながし、深めるためにも女性は自発的に充分に事変の性質を認識してゐて欲しいものである。それはただ国家主義的な立場からだけいふのではなく、個人々々の社会的生存の意義、といふやうな点からも望みたい事である。
 事変の結果が日本にとつて有利であることを希ふばかりでなく、同時にそれが人類全体の幸福にもなることを祈りたい、また戦争に勝つて、政治上経済上、日本が有利な立場を獲得したとしても、同時に社会の文化が後退しては何にもならない、例へば国民の教育や趣味が低下するとか、道徳が古い時代に逆戻りするやうなことがあつては、国家として取返しのつかない大きな損失だといふことを今のうちからよく頭に入れておきたい。
 これは目前の騒ぎに巻き込まれなければならない男性に強いるよりは、まだ直接の利害におどる必要のない女性に、静かな心で考へておいて貰はねばならないことである。
 多分今年のうちには、戦争がおさまるか、長びくかの見透しもつくであらうが、いづれにしても戦ふ相手は支那の軍閥政府であつて民衆ではない、といふことは今も大いに叫ばれてゐるが、戦ひが長びくにつれて日本の民衆の中に起つてくる敵愾心は否めないものがある。これを正しい方向に導くのに女性の力のあづかること大きいのはいふまでもない。
 要するに女性は徒らに事変の騒ぎの中にまき込まれないで、平静であつて欲しい。今年のうちに来るか、数年後に来るか、とにかく来るべき次の社会、戦ひの終つた後の社会にそなへて、文化を見守り、平和を待ち受ける自覚があつてほしいと思ふ。



底本:「岸田國士全集23」岩波書店
   1990(平成2)年12月7日発行
底本の親本:「河北新報」
   1938(昭和13)年1月1日
初出:「河北新報」
   1938(昭和13)年1月1日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年11月12日作成
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