今度の公演に於て、既に、われわれをある驚異にまで導いたであらうと思はれるが、金杉君、どうですか?
 批評をすれば、かうやかましく云ふのだが、然し、大体に於て、私は、愉快に、モルナアルの二幕までを見物した。
 そして、この機会に、やや声を大にして云ひたいことは、一座のヴデット、長岡輝子夫人の聡明な慎ましさもさることながら、森雅之君の、これは天稟に相違ない俳優的感性の鋭さ、殊に、教養と生活の裏づけによるスマアトな近代性は、凡そ今日までの新劇を通じて、当然出づべくして出なかつた一個の優れたタイプを示してゐる。
 そして、この特質は、見事に、同君をして直接に西洋劇の伝統を会得せしめたかの観があり、不思議にも、同君はひとり新劇の「殻」を背負つてゐない。
 金杉君は、ツキヂイズムの排撃者であるにも拘はらず、初めから、俳優としては新劇の殻を感じさせ、長岡夫人は、その翻訳に於て、仏蘭西語の会話を理解する、稀な敏感さを証明したが、その舞台は一回毎に、「新劇調」を帯びて来る傾向がある。
 森君も、恐らく、この雰囲気のなかで、多少の影響は免れることができまい。しかし、この一座は、常に互の批判者をもち独善を戒めてゐるやうである。健全な成長を望む。(一九三二・八)



底本:「岸田國士全集21」岩波書店
   1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「現代演劇論」白水社
   1936(昭和11)年11月20日発行
初出:「劇作 第一巻第六号」
   1932(昭和7)年8月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月20日作成
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