して「現在の危機」と戦はうとする一種ストイツクな犠牲的相貌である。
かの江戸文学から明治の自然主義、更にプロレタリヤ文学の全盛期から今日へかけての近代日本文学の伝統の底に、見逃すことのできない暗黒な一点を、何時、今日ほどまざ/\と世人の眼に投げ出してみせた時代があらう。いはゆる、純文学の宿命がそこに繋りをもつといふ意味さへ、今やうやく、一部の人々は気がつきだしたのである。
この絶望感は、必ずしも虚無的な形で現れないのは勿論、現実を眺める角度にも関係はないのである。従つて、理想社会をめざす戦闘文学の光明性すらも、なほかつ「現在」を照らさないといふ矛盾があり、読者は文学のうちに「現在」を生きようとして、常に冷やかな白眼に出会ふ習慣を与へられた。かゝる文学的性格は何処から生れたかといへば、わが封建制の特殊産物たる階級的倫理教養が、一切の反逆精神を陰性化したところにあり、憤懣は諷刺にさへ伸び得ず、引火点は直ちに自己破滅を意味する激情の燻りを歴史は幾度も語つてゐるのである。
多くの西洋人は、如何に屡々日本人が「仕方がない」といふ言葉を使ふかに気づいてゐる。これをわれ/\が「諦め」なる美徳の表れなりとすることは自由であるが、その美徳が、実は、曲者なのである。またこれを風土的に解釈することも勝手である。が、その自覚のみからは何ものも育たないのである。
少くとも、かういふ民族的性格との闘ひを、一部の文学者が試みようとしてゐることは事実である。彼等が、それを意識するとしないとは別問題である。そのうちのあるものは、一見、民族的自負を強調するかの如く見えるため、これを反動的と断ずるのは、大きな誤りである。彼等は、正確にいへば日本を語ることに自信をもちだしたゞけである。なぜ、さうなつたか? 自分の眼に、はつきり日本人といふものが映り出したからである。民族の強味と弱味とを同時に自分のうちに感じだしたからである。彼等は、それをまた、現代日本文学のなかに発見したのである。
三
そこで例へば、文学者の「日本民族の力を信ぜよ」といふ表現のなかには、「現在の文化的危機を必ずしも世界的[#「世界的」に傍点]にでなくてよろしいから、一時も早く、そして先づ、日本的[#「日本的」に傍点]に救へるだけは救はう」といふ決意が示されてゐるものと解すべきであるが、さう解してさへもこれを昨今の内外情勢に照して、甚だ不都合な側のいひ分であると断じなければ気がすまぬひとつの立場を、私は幾分承認できるつもりである。たゞ、双方で、さういふ対立する部分的観念(ある時代にはこれが部分的ではなくなるかも知れぬが)に拘泥して、自分たちが、「ある処までは」手をつないで共同の敵と戦ふ役割を果さねばならぬ――また、それが可能である、といふ事実を忘れてゐてはならぬと思ふのである。
そのためには、どうしても、まづこの種の問題に関心をもつ文学者は、思想家である以上に政治家でなければならず、革命家である前に、啓蒙家(?)である必要がありはせぬか? 非合法の手段を懼れぬといふならこれはまた別である。活字として発表できぬ事柄を、無理に活字にしようとする苦心焦慮が、たま/\、今日、味方の揚足を取り、その言葉尻を押へて、間接の鬱積を晴らすといふことになつては困ると思ふ。誰がそんなことをしたと開き直られゝば、私は軍部大臣のやうに言葉を濁すかも知れぬが、なんとなく、そんな気がすることがある。
「寛容といふ陰険な近代病」もないことはないから、自ら自分の心に問うてやましくさへなければ、「文学」といふ仕事の名において、その人を信じ、当面の戦線を分担しつゝ、共同の活動に入るべき時期ではなからうかと、私はひそかに考へてゐる。
その意味で、私は、文化的に「日本」だけが解決を急ぐ特殊な問題が沢山あると思ふ。しかも、そのなかには、文学者の手によつて解決の方向を与へらるべきものも少くないのである。さういふ問題を放棄して、如何に「人類文化のため」に戦つても、それは片手落でなければ、机上の空論である。
「文化はあと、思想が先」といふ説もあるが、それはどつちでもいい。理想をいへば、文学者は思想的な立場を異にするものが、なほかつ文化的には相互の立場を保護し合ふやうにできてゐるとさへ私は思つてゐる。さういふ面での、積極的な提携が、今日ほど有効で、必要な時機はないのだといふことを、みんなが早く気づいて欲しい。論争を封じてとまではいはぬ。論争の傍らでよろしい。戯談をいつてゐるやうに聞えるかも知れぬが私は今、戯談などをいへる気持ではない。
早い話が、近頃の新聞か雑誌に、「文芸家協会の会館を建てるといふ計画はどうなつたか」といくぶん弥次り気味に書いてあるのを読んだが、第一、文芸家協会が何をしてゐるのかさつぱりわからぬといふ
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