い。……はい……(口笛)……はい、はい……撮影中……はあ、すると、急用でも駄目ですか。それなら、あなた、そこに、紙と鉛筆ありますか。書いて下さい。「例の紛失物、小生、偶然に拾得……シウはヒロフ……拾得いたし、ついては、直接御手渡しいたしたきにつき、会見の場所、時日、御指定下されたし。」――それをね、本人に見せて、すぐ返事をして下さい。
[#ここから5字下げ]
そこで、微々は、受話機を耳にあてたまゝ、ぢつと返事を待つてゐる。

[#ここから1字下げ]
○天城更子の家。

[#ここから5字下げ]
応接間である。
更子と、横川と、弁護士嬉野とが卓子を囲んで話してゐる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
横川  さういふ席に立会ふのは、少し困るな。相手がどんな奴かわからないとすると、なほさらだ。
更子  わからないから、あたし一人ぢや心配なのよ。
嬉野  いゝところへ御気づきになりました。兎角、御婦人だけだと、かういふ問題では間違ひが起り易いです。
更子  あのダイヤが手にはひれば、千円は惜しくないわ。ねえ、あなた、用意しといて頂戴ね。
横川  千円は惜しいよ。そんなことも、僕に相談すれやよかつたんだ。
更子  だつて、三千円なくしちまふより、千円損した方がましでせう。
横川  今なら、三千円はしないよ。まあ、いゝさ、しかたがない。僕なら、拾つた奴にあれをやつちまつて、千円で新しい奴を買ふね。
更子  いゝわよ。あのダイヤ、あたし気に入つてるのよ。
[#ここから5字下げ]
この時、呼鈴の音。やがて、春日珠枝が「ダイヤを拾つた男」の来着を告げる。
緊張した一瞬間。
三堂微々が、粛然とはひつて来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
更子  あツ!
微々  僕だと云つては、会つて下さらないと思ひまして、わざと、名前を云ひませんでした。
更子  それぢや、ダイヤのことも嘘なんでせう?
微々  嘘ぢやありません。こゝに持つてゐます。が、お話は二人きりでしたいもんですな。
更子  (横川に)どうしませう。
横川  どなたゞ、この方は?
微々  三堂微々、漫画を描いてゐます。
横川  あゝ。僕、横川といふもんです。
嬉野  わたくし、かういふもんです。(名刺を出す)
[#ここから5字下げ]
長い沈黙。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
横川  (更子に)君一人で話をし給へ。大丈夫だらう。
微々  大丈夫です。
[#ここから5字下げ]
横川と嬉野は、次の間に去る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
微々  この間は失礼しました。これは、非売品にしたのですが(額の包みをほどき)特に、記念としてあなたに進呈します。(絵を差し出し、卓子の上に置く)
更子  (黙つてそれを見てゐるが、いきなり、手に取り上げて、傍らの長椅子の上に投げ出す)
微々  まだ怒つてらつしやるんですか。それでは、次にあの際お落しになつたダイヤですが、何処で拾つたとお思ひになります。
更子  ……。
微々  不思議ですね、あの絵の裏にはひつてました。絵には勿論穴があいてゐます。今朝、会場を片づける時に、そいつを発見したんです。ところで、誠に困つたことができたと云ふのは、僕、実は、少し前に、あるところで、やはり、ダイヤを一つ買つたんです。何時かそのうちに恋人でもできたら、贈物にでもしようと思つて、奮発をしたもんなんですが、そいつを、蟇口ん中へほうり込んで、そのまゝ忘れてゐました。で、今日、偶然、あなたのダイヤをまた、その蟇口ん中へしまつたんですが、さて、たつた今、気がついて出してみると、どつちがあなたので、どつちが僕のだかわからなくなつた。所が丸でおんなじなもんですから、僕たち素人には、ちよつと見分けがつかんです。ひとつ御面倒ですが鑑定をして下さい。
[#ここから5字下げ]
微々は、卓子の上に、二つのダイヤを並べる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
微々  どつちです、あなたのは?
更子  (二つを見比べてゐるが、やがて)むろん、こつちですわ。(一つを引寄せる)
微々  (残つた方を手に取り、それを見つめながら、にやにや笑ひながら)さうですかなあ……たしかでせうね。
更子  (急に自信がなくなり)ちよつと、拝見……。
微々  どうぞ。(渡す)
更子  さうおつしやれば、こつちのやうですわ。
微々  (前のやつを手に取り)さうでせう。うつかりすると、そつちの方が安手に見えますけれど……こつちは、少し光が強すぎますからね。しかし、間違ひはないでせうね。(蟇口の中へしまひかける)
更子  でも、これは少
前へ 次へ
全13ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング