から改行天付き、折り返して1字下げ]
微々 ぢや、皆さん、それでよくわかりました。追つて、金が必要な時、こちらからお願ひに上ります。
[#ここから1字下げ]
○銀座の夜。
[#ここから5字下げ]
大道肖像画家――それは中根六遍である。やつと一枚描き終つて、その絵を客に渡したところ。
相当の人だかりにも拘はらず、次ぎの注文者が現はれない。(合唱)
やがて、一人の男が前に進み出て、「ひとつ、やつてくれ」と云ふ。これが、三堂微々。
六遍は、真面目くさり、絵筆を嘗めて微々の顔を見つめてゐる。人々は、このからくりを知る筈がなく、変な奴が飛び出したといふやうに、薄笑ひを浮べて、ぢろ/\微々の顔をのぞき込む。
絵筆が紙の上を走る。瞬くうちに出来上る。そこへ、通りかゝつたのが、天城更子とその取巻きの男女数人である。
更子は、何気なく、立ち止る。
「おや、あの絵かきは、何処かで見たな」と思ふ。
次に、モデルになつてゐる男の顔をのぞき込む。「なんだ、あいつぢやないか」といふ表情。
二人の男を見比べてゐる間に、万事を呑み込んだ。微々は絵を受け取り、金を払ふ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
更子 (連れの女に)あれがさうよ。図々しいわ。
女 三堂微々つて、あんな男。
更子 描いてる方ぢやないのよ。描かせてる方よ。ほら、サクラよ。つまり……。
[#ここから5字下げ]
この声で、微々は、そつちを振り向く。更子と視線が合ふ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
更子 お生憎さまね。見破られたら、さつさと引き上げた方がいゝわ。(群集に向ひ)この二人は、仲間同志なのよ。
微々 (気抜けがしたやうに、にやりと笑ふ)
更子 そんなの、見てたつてつまんないわ。(かう云ひ捨てゝ、いきなりそこを立ち去らうとする)
微々 (更子の腕を捕へ)こら、営業妨害をしちやいかん。
更子 痛いツ! なにすんの、あんた。
微々 まだ、なにもしやせん。
更子 放して頂戴。人を呼ぶわよ。
微々 人は、此処に多勢をる。さ、放しました。この次ぎ、こんなことをしたら、只ではすましませんぞ。
更子 へえ、何ができるの、あんたに?
微々 また、漫画に描いてやる。(さう云つて、実にこだわりなく、相好を崩す)
更子 (これも釣り込まれて、朗かな微笑を浮べる。が、ふと、気がついたやうに、慌てゝ威厳を取戻し)ふん、もう免疫ですよだ。
[#ここから5字下げ]
群集の黒山をかきわけて、彼女と彼とは左右に別れる。
群集は、口々に「天城更子だ」「三堂微々だ」など喚き立てる。(合唱)
[#ここから1字下げ]
○更子の家。
[#ここから5字下げ]
更子は寝台の上で新開を読んでゐる。
新聞の三面には「天城更子嬢の暴行」といふ大見出しで、二段抜きの記事。
春日珠枝が、名刺を持つて来る。更子は、それを一瞥して、
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
更子 昨日から、さう云つてるだらう。新聞社の人には、当分、絶対に会はないつて……。
珠枝 でも、是非つて云ふんですの。
更子 向うの「是非」より、こつちの「絶対に」の方が強いんだからね。さう云つておやり。
珠枝 それが、この人、変なこと云ふもんですから……。
更子 変なことつて……?
珠枝 先生の御一身上について、何か重大な問題が起るかも知れないつて……。
更子 通してごらん。会つてみるから……。応接は片づいてるね。
[#ここから1字下げ]
○応接間に、珠枝の案内で、新聞記者Aがはひつて来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
記者A 横川さんは来てますか。
珠枝 いゝえ。
記者A 毎晩来るんぢやないんですか。
珠枝 いゝえ。あたくし、存じません、そんなこと……。
記者A 世間でみんな知つてることを、あんたが知らんといふ法はない。
[#ここから5字下げ]
珠枝と入れ違ひに、更子がはひつて来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
更子 なんのお話しですの。もう、あの問題なら、勘弁して頂戴ね。
記者A いえ、実はその、今朝の記事でもちよつと触れといたんですが、あの横川氏ですな……横川洗身氏……あの方はあなたと、どういふ御関係なんですか。
更子 さあ……役者風に云へば、御贔負とでも云ふんでせうか。
記者A つまり、パトロンですな。
更子 清潔な意味で、さうね、さう云つていゝわ。
記者A すると、あの方は、なんですか、あなたの……ラヴアアといふんでもないんですか。
更子 その質問は、少し立入り過ぎてやしません?
記者A そ
前へ
次へ
全13ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング