、あまり考へてゐない道であつて、私などは、近頃、痛切にかういふ劇作家の出現を望んでゐる。甚だ烏滸がましいやうであるが、自分でも、さういふ方向に今後努力を向けたい希望が生じつつあるので、出来不出来は兎も角、今度、初めて、「現在の俳優」に当てはめた脚本を書いてみた。七月の改造に出した「浅間山」がこれである。今まで書いたものと、幾分でも調子が変つてゐれば、さういふ意気込の現はれと見てもらつて差支ないのである。この態度は、左右両端から評判のよくない社民党的態度に類するものであるが、演劇のラヂカルな革新は、われわれの手で実行覚束ないのである。
 第六は、これこそ、今日の劇作家が、殊に、雄図を蔵した劇作志望者諸君が、その目標をおくべき最も有望多幸な道であり、これに成功しさへすれば、シェイクスピイヤもイプセンも怖るるに足らぬわけである。旧来の歌舞伎劇はその劇場の大部分を失ひ、新派は瞬く間に消滅し、これまでの「新劇」は、翻訳劇乃至西洋劇模倣の領域に閉ぢ込められ、演劇不振の声は、昔日の夢と化するに違ひない。
 だが、しかし、こんな理想を描く方が、実は夢に近いのである。なぜなら、これこそは、大天才の出現を待たなければ、それがどんなものであるかさへ、われわれには想像もつかぬ代物だからである。

「日本独特の」といふ言葉は如何にも有がたく、私なども、さういふ演劇の存在を心から希望するのだが、如何なるものも、独特さを保つためには他の「影響」を受けない必要があり、影響を怖れる以上は、他との交渉を絶つより外はないのである。
 日本の歌舞伎劇さへも、詳細に観察すれば、何等かの意味で、「近代文明」の影響を受けてをり、純粋な歌舞伎の伝統は次第に失はれつつあるのである。
 歌舞伎劇に、今日の大衆性をもたせるといふことは、芸術的には、殆んど望めないことであり、それを無理にもたせようとするところに、歌舞伎の芸術的破産と、大衆の倦怠が生ずるのである。
 これに代るべきものは、前に述べた、独特の新日本劇であることは望ましいが、その独特なる言葉に、どんな意味があるのであらう。西洋劇の影響を絶対に受けてゐないといふ意味か。そんなことが、今の日本人に望めるかどうかは云ふまでもないことである。
 少しぐらゐの影響ならいいと云つても、だんだんに多くの影響を蒙らないわけに行かないことは、現代の生活条件に照してみれば、議論の余地はあるまい。
 そこで、影響も表面的の影響だけで、芸術としての本質的影響を避け、つまり、西洋劇の伝統以外に立てばいいと仮定しよう。
 それは無理である。日本人の生活は、日本独特の伝統を放棄しつつあるのである。必ずしも西洋式になるとは云はないが、少くとも超国境的生活色に染め上げられつつある。一民族の特色は、そのなかに於て、辛ふじて区別し得るにすぎないのが、これからの世界である。
 遠い将来のことは別としても、現在の日本から日本独特の新演劇が生れるとすれば、先づ、世界文明の本流となつた西洋文化の伝統的形式を、そのなかに取り入れてあつて一向不思議はないのである。西洋演劇の伝統、即ち、希臘劇以来、西洋各国でそれぞれの発達を遂げ、その間屡々、その合一統制が企てられた一つの演劇形式――本質的に日本乃至東洋演劇と区別さるべき演劇の伝統は、必ず、新日本劇樹立の根本要素となるであらう。
 現在の日本の俳優は、現在の演劇に満足してゐるなら兎に角、なにかいい脚本はないかと自分の周囲を見廻してゐる代りに、現代作家の作品なら、どれでも演れるといふ修業をなすべきであり、作家のなかにも亦、現在の俳優に見切りをつける前に、「ある一つの方向」を目標として、これに近づくために最も有効な脚本を提供する者があつていいと思ふ。
 この場合、いろいろ功利的な条件が附纏ひ、その不便不愉快さから、一度思ひ立つた計画を棄てたくなるのであるが、私は、その点、あまり、妥協する必要はないと思ふ。
 かういふ仕事は、勿論、芸術家として第一義的の仕事だとは云へないから、どこかに不自然な努力が払はれることは已むを得ないとしても、所謂、観客の卑俗な趣味に媚びたり、俳優の惰性による仕勝手を顧慮したりする必要は毛頭なく、更に、役柄と称し、持味と称して、実は、その関節不随的特色にすぎないものを、強ひて発揮させなければならぬ理由も決してないのである。
 実際、この仕事の第一眼目は今日の商業劇場を通じ、一般大衆、特に、現在の演劇にやや不満を感じつつある観客層に対して、幾分でもその要求に近い(恐らく、彼等の要求は、今日の劇場で満たされないであらう)芝居を見せようといふのであつて、そのためには、現在の俳優中若干のものが理解し得て、しかも、その俳優達が、「必要な苦心」と「正しい意図」とによつてのみ、到達し得る「表現の最高レベル」を要求する程
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