ても考へられないのであります。この点が実はそれぞれの部門部門の十分な発育を妨げたのであると、さう私は考へるのであります。
そればかりでなく、第四の弱点として考へられることは、従来は同じ専門部門に属するものゝ間におきましても、何らの理由もなく、否むしろ非常に些細な理由のために相対立し合ふといふ状態が今日まで度々繰返され、また現に今日でも続いてゐると思ひます。何処の国を見ましても、同じ専門部門におきまして相互に対立し、或は排撃し合ふといふ傾向は決してなくはないと思ひます。これは或は人間一般の弱点だらうと思ひますが、特に現在の日本の文化事情を顧みますと、そこにはそれぞれの専門の文化部門本来の仕事、或は本来の天職といふものを殆ど顧みないで、さうしてそれぞれの立場の利益を擁護し、或は今までの習慣にとらはれて現代文化の大局を見失ふといふやうな現象が実に少くないと思ひます。これは特に今日の私どもとして深く反省しなければならぬ点であります。その例はどこにもあることでありませうが、楽壇における事情は私は実は余り通じてはをりませぬけれども、自分が携つてゐる部門について考へてみましても、その例は枚挙にいとまないほどであると思ひます。このやうな事情が一つの専門の文化部門の健全な発展を妨げてゐることはどれほどであるかと考へますと、実に寒心に堪へないのであります。
以上列挙しましたやうな現代日本の四つの事情は、日本文化の今日までの全く特殊な事情でありますが、特にわれわれがたゞいま直面してゐますやうなかういふ国家の運命の危機に際しましては、このやうな事情をいつまでもそのまゝ放置して置くわけにはまゐりませぬ。各個人がいかに国民としての十分な覚悟が出来てをりましても、現在のこのまゝの状態では日本人の文化は実際どれほど国家の役に立つかといふ危惧をいだかざるを得ないのであります。今日仮に現在あるだけのものをすべて国家に捧げることができたと致しましても、将来の日本が担ふべき非常に大きな歴史的使命に応ずるといふことになりますと、もはやこの点では、現在のまゝのわれわれは何ら国家の役に立つことができないのではないかといふ心配を致してをります。
三
日本全体の文化問題を考へます時に、いつもさつきの四つの弱点に思ひ至りまして、各専門部門の水準を引き上げることや、或はこれに新しい方向を与へるといふ問題よりも前に、取り敢ずこの四つの文化事情をどうしても健全なものとして解決しなければならぬ、少くともその解決をつけ得る準備だけでもしなければならぬと考へる次第であります。
音楽について兎や角申し上げることは、門外漢の私として甚だ僭越でありますし、またそれだけの準備もありませぬが、たゞ現代の日本の芸術部門のうちで特に西洋の影響を受け、また西洋の模倣を採り入れた芸術部門におきましては、今日のこの大きな国民全体の文化運動が起らうとしてゐる事情の中で、今後自分の道をこれらの芸術部門がどういふ風に押し進めて行くかといふことは、これは各部門ともお互によほど慎重に考へてみなければならぬ問題だと思ひます。われわれは今この国民的な重大時機を前に致しまして、日本人であるといふ自覚を一層高められることは事実であります。これは誰からも強ひられるのではなく、われわれの心に湧き上る、おのづからなる力でありますけれども、われわれが今日まで芸術家として歩んで来ました道を考へますと、それがもし西洋芸術の模倣や或はその追随のうちにのみ終始してゐたとすれば、これは今日のわれわれの自覚からして、どうしてもその中から抜けださなければならぬ時機であると思ひます。
音楽にしても、美術にしても、或は文学に致しましても、日本人として西洋の芸術を基礎にしてやつて行く場合、われわれはそれを近代における世界的芸術の典型として考へ、これを自分たちの文化を創造する要素や参考資料としようとしてゐるにすぎないので、われわれの血液中で、それがいつまでも全く非日本的なものとして残つてゐるとはどうしても考へられないのであります。この点、私どもは、日本の文化、日本の芸術を豊かにし、色々な意味でこれを近代化して行かうとする立場から申しますと、益々外国の芸術を学び取り、且これを十分消化するといふ態度は、今後といへども決して変へる必要はないと固く信じてをります。かういふ態度はわれわれの歴史がすでにわれわれの民族の矜として、しかもわれわれの民族の特色として実際に立派に証明してゐるのであります。
とくにこゝでわれわれが注意を払はねばならぬのは、日本の伝統的な芸術、特に音楽においては邦楽といふものに対して、洋楽専門のかたがたの関心のもち方、或はそれに対する結び附き方、特にそれに対する批判につきましては、更めて研究する値打があるのではないか
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