近代劇論
岸田國士
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)高級喜劇《オオト・コメディイ》
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(例)演劇的|幻象《イメエジ》
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(例)〔le the'a^tre moderne〕
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一 近代劇とは
この名称は元来、あまりはつきりしない名称で、恐らく「近代」といふ言葉は、moderne の訳に相違なく、してみると、普通使はれてゐる「新時代」といふ意味もあると同時に、歴史上の「近世」を指すことにもなるのである。歴史の方では、中世の後を受けた文芸復興期以後を、詳しく言へば、宗教改革以後を指すのだと記憶してゐるが、仏蘭西歴史によると、Histoire moderne といへば、コンスタンチノオプル攻略(一四五三年)から仏蘭西革命(一七八九年)迄をいふのであるから、その後は「現代」の部にはひるわけである。それなら、「近代劇」とか、「近代文学」とかいふ名称は、文学史的分類である以上、歴史的解釈に従ふ方がいいやうでもあり、また、「近世」といはずして、特に「近代」といふところに、寧ろ文学的ニュアンスをもたせ、近世のうちでも特に現代に近い部分、或は現代を含めた最も「近代的」近代を意味するやうにも取れるのである。
が、それと同時に、われわれが、近代文学、殊に近代小説とか近代劇とかいふ場合、それだけではまだこの言葉の概念を掴み得たとはいへないやうに思ふ。なぜなら、それはもう、時代そのものの年代的穿鑿を離れて、寧ろ、「近代的」なる質乃至色調の問題に重点をおくのが常識であり、更に、一歩進めて、近代小説といふ言葉よりも近代劇といふ名称の方が、一層、ある限られた、一と纏めになつた、特質のはつきりした部門を指してゐるとも考へられる。つまり、「劇」に於ける「近代的」要素は、小説に於けるそれよりも、何か目立つもの、浮き出たもの、ある一定の方向をとつてゐるものといふ感じがするのである。
これはいふまでもなく、文化史的考察がその土台となつてをり、劇の方面では、それが単に漠然たる傾向の綜合的観念を越えて、殆ど、ある一定のジャンル、芸術上の種別に近いものを示してゐるからである。
そこで、「近代劇」とは、所謂「近代文学」の流れに沿つて生れ出た「劇」ではあるが、ただ単に、近代思想を盛り、近代生活を描き、近代的感覚を織り込んだといふやうなこと以外に、「劇」といふ芸術形式に対する近代精神の働きかけ、即ち、「演劇的革新」を目標とする本質的努力を具現した劇であつて、そこには、明かに、意識的にもせよ無意識的にもせよ、因襲の破壊と伝統の探究が、何等かの形で示されてゐなければならぬ。
その意味で、「現代劇」の様々な先駆的現象は、正しく近代劇の本流と結びつくのであるが、この講座(岩波世界文学講座)で私に与へられた課題は、寧ろ近代劇の源に遡ることにあるのだと解し、さういふ立場から、知つてゐることだけを述べてみようと思ふ。
二 近代劇の血統
近代劇が如何にして生れたかといふ問題はなかなかむづかしい問題だ。なぜなら、そのためには、先づ世界の演劇史を一と通り漁らなければならぬ。そして、それぞれの国のそれぞれの時代を照し合せて、その間に起つた文学、殊に劇文学の交流作用を見きはめる必要がある。比較文学の方法の利用は、この研究に欠くべからざるもののやうである。
なほ、各国各時代各流派の代表的作家ばかりについて、何かを知るといふだけならそれほど困難でもないが、近代劇の祖先を誤りなく調べ上げるためには、各国戯曲史の上で、どうかするとささやかな存在として取扱はれてゐるかの慎ましき「先駆者」を見落してはいけないのである。それと同時に、超民族性ともいふべき特殊な素質によつて、或は偶然の機会に恵まれて、逸早く国境を越えたある種の作家が、真価以上の役割を自国以外で演じてゐる事実を警戒し、注意しなければならぬ。さうかと思ふと、ある国で最もその後代に影響を与へたやうな天才的作家が、その作品の純民族的特質に災され、他国の文壇に容れられず、その功績を過少に見積られてゐるやうな場合もある。
で、私はこれから、自分の専門である仏蘭西劇を中心として、できるだけ大づかみに、近代劇の血統を尋ねてみることにしよう。断つておくが、これと同じ方法で、独逸劇、英国劇、
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