たゞものならず。
おきみちやん、これも
裾を合せて、坐り直せば
もう、寄せ玉
せりにせる面憎くさ。
カラコロ カラコロ
冬の夜更けの下駄の音
コツコツコツ
石屋の職人
カチツカチツ
高天ヶ原
ポカポカポカ
あやまつた あやまつた
「二百みツつう、二百むツつう…………」
湯上りの
お神さんの銀煙管が
キラキラキラ
モールス符号
――ざ……ま……み……ろ……
タッチ……占めた。
しやら臭い、カラマッセ
スルスル、クルリ
旅費が足らない
残飯頂戴。
「ふたッつう、よッつう…………」
さて、弱つた。
引つ掛け?
押し抜き?
まゝよ、鉄砲……。
手玉、死なず
先玉、返らず
赤々はかぶり
半押しは、近すぎてリク
さて、弱つた。
むかうさんは
頤を一と撫で
裏模様の
錦紗の
襦袢の袖で
眼鏡を一と拭き
――にやり――
「お神さん、熱いお茶を一杯」
おきみちやん、助けてくれ。
「今のは、なんだい」
「あれはねえ…………」
と、おきみちやんは意味ありげに
お神さんの顔をのぞけば
お神さんは案外落ちついて
「玉ゴロですよ」
老いたる母よ
愛する妻よ、子らよ
われは、一生、玉を突かじ。
昨日までは
膳に向へば
茶碗や皿が赤玉白玉
道を歩けば
行きかふ男女が赤玉白玉
空を仰げば
輝く星が赤玉白玉
そればかりか
寝言にまで
「や、しまつた!」などゝ
おろかにも口走り
一も玉、二も玉、三も玉
玉ならでは夜も明けね[#「夜も明けね」はママ]上気《のぼ》せかた
それが、今日は
玉ゴロの
高が知れた棒先に
まんまと翻弄され
髭の手前
怒れもせず、泣けもせず
と云つて
あつさり笑ふほど可笑しくもなし
「また、あすの晩」
かう云つて外には出たが
水溜りを
除けて歩くのが
妙に自尊心を傷けるやうで
ジャブリ ジャブリ
泥をこね返せば
夜気
そゞろに身にせまり
壱円六拾銭
人形でも買ふんだつたと
ステッキを、やけに振る。
底本:「岸田國士全集20」岩波書店
1990(平成2)年3月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
1926(大正15)年6月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※片仮名の拗促音の大書き、小書きは底本通りにしました
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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