われわれの誰が、若し書けたとしても、イプセンの戯曲を書く勇気があるだらう。(中略)
 われわれも亦、われわれの「フアウスト」を書かうかと思ふことがある。しかし、われわれは、そこで踏み止まるのだ。北方の人間は踏み止まらない。彼は、一人のブウルジユワを、自由に酔ふ囚人に仕上げる。(中略)
 フランス精神は、「大きなこと」を愛しはする。しかし、それが自分を何処へ連れて行くかを見ようとする。傑作の覘ひをそこにつけるのだ。
 あゝ、如何に多くの天才が、おれに「一撃」を与へたことか。おれの頭は、もう割れてゐなければならない筈ではないか。
 おれは、おれのあらゆる苦悩を賭して、他人に完全な静謐を与へようとするのだ。
 十二月一日
 あゝ情けない。おれはもう下手に書くことができなくなつた。
 それはもう批評をするわけに行かぬ。蔭でおれを褒めてゐる作家達を、二た言目には怒らしてしまふだらう。



底本:「岸田國士全集21」岩波書店
   1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「読売新聞」
   1930(昭和5)年2月15日
初出:「読売新聞」
   1930(昭和5)年2月15日
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