音楽と美術には縁なき衆生と公言し、人間、わけても自分の母親を嫌ひ、社会主義に楯つきながらジヨオレスを愛し、自然派の仲間に入れられながら、ユゴオとロスタンを讃美し、裕かだと思はれるから貧乏をし、健康さうにみえて、実は病苦に悩んでゐる彼を思ふと、私は、こゝに再び、最も愛すべく親しむべき一人の作家を見出すのである。レオン・ドオデの言葉の如く、彼こそ、あらゆる意味に於て「小ささ」による「偉大さ」への道を示し得たユニツクな作家だ。
 四巻に亘る日記は、彼の死後十五年、その全集の刊行と同時に出版されたもので、日記兼ノートといふ風変りな形をとつてゐる点、殊に、赤裸々に自己解剖と容赦なき周囲への悪罵に満ちてゐる点で、最近、仏国文壇のセンセイシヨンを捲き起した。ある批評家の如きは、この日記こそ、ルナアル全集中の最大傑作なりと叫んだくらゐである。日記の日付は、一八八七年六月、彼が二十三歳の時から始まり、一九一〇年四月、臨終の一と月前に終つてゐる。何れ、完訳したいと思つてゐるが、こゝでは第一巻の中から、少しばかり見本をお目にかけておかう。
 一八八八年十一月十五日
 友達といふものは着物のやうなものだ。摺り
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