我慢ができるとして、根が無愛想なたちでせう、一度来たお客様は、大概、二度と来なくなつてしまふんですの。(間)でも、あなたのやうなお客様があると、それや、よろこびますわ。いいえ、それがね、お交際《つきあひ》がまるでないんですからね。口に出しては云ひませんけれど、やつぱり寂しいんでせう。学校時代のお友達も、ここへ来てから、訪ねて下さる方はただの一人もなし、あたくしがまた、引込思案なもんですから、御近所づきあひさへ、ろくにしない方で……。(間)それに、また、いろいろお話もあるでせう。ほんとに、時々、いらしつて下さいましね。毎日でもよう御座んすわ。今晩は、ゆつくりしていらつしやれるんでせう。もうぢき帰つて来ますわ。
より江 ええ、ありがたう。昨日、一寸御目にかかつただけですけれど、なんだか、親しみのもてさうな方つていふ気がしましたわ。不思議ねえ、以前のことを、それでも、いろいろ思ひ出しましたわ。それに、やつぱり、草花なんか作つておいでになる方は、どこか、自然と同じ呼吸をしていらつしやるのね。これからちよいちよいお話ができるのは楽しみですわ。
牧子 ちつとも覚えてらつしやらないつて、不思議ですわね。兄は、あれで学校時代には法律をやつたり、文学をやつたりしたんですけれど、法律は始めから嫌ひでしたし、文学は、物事を複雑にするからつて、買ひ集めた本を、みんな売つてしまひましたの。でも、時々、歌なんか作つてるらしいんですのよ。
より江 あたくしなんか、本が読みたくつても、暇がありませんもの。
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長い沈黙。
(此の時、硝子戸越しに、大里貢がフレムを見廻つてゐる姿が見える)
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より江 (貢のゐるのに気づき)お兄さまがお帰りになつたやうですわ。あたくし、お暇しようかしら……。
牧子 (外をふり返り)あら、何時の間にか……。(立つて行つて、硝子戸に近づき、それを細目に開け)兄さま、もうお帰りになつたの。
貢 (腰をかがめたまま)誰か来なかつたかな。
牧子 学校の前の花屋さんから、いつもの人が来て、チュリップの球根を少し分けてくれつて云ふんですの。わからないから、今夜出直して来てくれつて、さう云つて置きました。それから、去年、一度来た、あのお爺さんね、露西亜人みたいな帽子を被つた、あのお爺さんが来ましたよ――ほら、何時か、生意気なことを云ふつて、あなた、お怒りなつた運転手みたいな男ね、あれを伴れて……。
貢 なんて。
牧子 グリーン・ハウスを見せろつて……。
貢 そいで……。
牧子 あたくしにはわからないつて、断りましたの。
貢 どなたか、お客さん?
牧子 いま? ええ。どなたかあてて御覧なさい。
貢 高尾より江さん。
牧子 あら、御存じなの。まあ、あきれた……。ぢや、どうして、早く御挨拶をなさらないの。
貢 今、行くよ。一寸、手を洗つて……。
牧子 (より江に笑ひかけ)知つてたんですつて……。きまりが悪かつたんでせう。
より江 (これも面白がつて)そんな?
貢 (現る)やあ、失礼……。
より江 昨日は……。
貢 ようこそ……。僕達は、お客さんのもてなし方を忘れてるかも知れませんが、しばらく辛抱して遊びにいらしつて下さい。そのうちに、また慣れると、いくらか殺風景でなくなるでせう。ええと、紅茶でも入れたらどうだ。
より江 もう、どうぞ、おかまひなく……。
牧子 おかまひができればいいんですけれど……。すつかりお話に夢中になつて……。ねえ、兄さま、より江さんはね、あの……(頭に両手をやり)いろんなことが、ごつちやになつて……。(起ち上る)
貢 まあ、ゆつくり聞かう。それより、お菓子があつたかなあ。
牧子 さあ……。(奥に去る)
より江 横浜は、桟橋までいらしつたんで御座いますか。
貢 ええ、船の着く処を見て来ました。ポルトスとかいふ仏蘭西メールですが、なかなか立派ですね。
牧子 (茶の道具を持つて現る)すぐおわかりになりました?
貢 わかつたさ。西原の奴、五年の間に、すつかりハイカラになつて来たよ。あの方ぢや、なかなか出世してるらしいね。出迎人が大したものだ。やれ、何々会の総代、やれ何々新聞の記者、さういふ連中に取り巻かれて、おれなんか、眼と眼とで、一寸挨拶をしただけだ。
牧子 何を研究にいらつしつたんですか。労働問題ですか。
貢 まあ、さうさ。あの男は、しかし、なかなか才人だからね。なんでも、芝居なんかのことも調べて来たらしいよ。そんなことを新聞記者に話してたぜ。大いに民衆劇の運動を起すんださうだ。どうです、高尾さん、僕の友人のやる民衆劇を、一つ、見に行つてやつて下さい。
より江 お芝居なら、あたく
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