定するものでもなく、聴かせる「言葉」のみによる演劇の樹立を理想とするものでもない。くどいやうであるが、もう一度、「動作」と「言葉」とを対立するものと仮定して、さて、舞台上に於ける、「動作」の魅力と、「言葉」の魅力とを比較してみよう。「動作」の方は、なんといつても、機械的で、単純で、訓練が容易であるが、「言葉」の方は、より稟質的で、複雑で、訓練に骨が折れる。訓練が容易であるといふことは、正確を要求する程度が少く、誰でもそこに行けるといふことにもなる。訓練に骨が折れるといふことは、それを卒業しなければ、一人前の専門家になれぬといふことであつて、職業の基礎的条件としては、この方に重点が加はるわけである。
 それゆゑ、日本の新しい演劇を作り出すための修業としては、どうしても、また誤解を招くかもしれぬが、「言葉」が先、「動作」が後といふことになり、「言葉」をマスタアし得る「頭」さへできたら、「動作」の感覚は、自ら規整されて、戯曲のジャンルがこれを要求すれば、所謂「動作派」の満足するやうな芝居をいつでもやつてお目にかけられるのである。
 が、まあそれは極端な話で、「動作を主とする演劇」には、またそれ相当の研究が必要であり、「大劇場」の舞台を踏むためには、作者も俳優も、それに適した才能と修業がなくては叶はぬ。しかし、それは、「日本の新劇運動は、先づ言葉の訓練からやり直せ」といふ僕の主張に反するものではない。何故なら、如何なる大劇場でも、「生命のない言葉」は、見物を退屈させ、「白《せりふ》の巧みさ」――普通この意味をはき違へてゐるが――は、芝居好きの大衆を魅了し去るものである。それができた上で、さて、脚本のあらゆる大劇場主義的特色を発揮することもできるのである。
 築地座の田村秋子が、近来めつきり腕を上げたといふのは定評らしいが、彼女は、何がうまくなつたかといへば、白《せりふ》の言ひ方が可なり洗煉されて来ただけである。洗煉されるといふのは、「言葉」を正しく言ふ工夫が積んで来たことである。俳優としての「頭」ができて来たのである。
 同じく築地座で、近頃、評判のよかつた演し物は、里見、久保田両氏のものをはじめ、例へば、二十六番館、おふくろ、晩秋、赭毛、南の風、ルリユ爺さん、等何れも、上演に際し、従来の新劇に見られない苦心と注意を、「白」の上に払つた結果である、と僕は信じてゐる。無論、まだまだ、舞台全体としては渾然たる域に達してをらぬ節々も多いが、概して、作者、俳優、演出者の、「言葉」に対する感受性と熱意が、舞台の生命を、脈々と波打たせたのである。

 そこで先づ、「言葉派」と「動作派」の対立なるものを解消させておいて、さて、僕のドラマツルギイは、作家としての僕の立場を擁護するものでないことを明らかにしておきたい。これは甚だ妙な云ひ方だが、理論的には本道を目指し、作家としては、稟質上已むを得ず、間道を走る一個の人間を想像し得ると思ふ。かういふ状態がいつまで続くかは知らぬが、僕はその見地から、これまで書いた自分の戯曲が、今日の新劇団の手によつて上演されることを、二重に厭ふものである。第一に、今日までの新劇は、畑が違ふといふ見地、第二に、これからの新劇の健全な発達を、僕の作品程度では、如何なる意味でも助長するに足らぬといふ見地、これは、何れも、己惚れでも謙遜でもない。しかも、一つの劇団で、屡々これを繰り返すことは、百害あつて一利あるかどうか、疑はしい。その意味で、僕は自分を勉強させてくれる舞台が欲しいと思ふだけである。但し、この事実から推して、僕の演劇論までを偏向的だと断ずることはできぬ。西洋の芝居を虚心坦懐に観てゐれば、日本の芝居と西洋の芝居の相違――即ち、それぞれの演劇的伝統の本質的区別がはつきり感じられる筈である。わが新劇の基礎工事は、俳優の「言語的教養」から始めねばならぬといふ結論は、僕のみならず、西洋演劇の舞台的魅力を素直に味つた人なら、誰しも異存のないところだらうと思ふ。
 僕の以上の主張は、理論としてそのまま容れられなくても、劇壇のどこかに、実際の動きとなつて現はれて来さうな気もしてゐる。
 岩田豊雄氏の如きは、その動きをリイドする最も大いなる力であらうことを、僕は飽くまでも信じるものである。

     二、希望

 新劇は、必ずしも西洋劇の伝統を承け継ぐ必要はない――わが国には、わが国固有の演劇的伝統があり、この伝統の上に築き上げられた「現代劇」こそ、われわれの求めるものであるといふ議論も、最近そこここで行はれてゐるやうである。歌舞伎の手法を現代劇の中に活かせとか、対話による心理的表現は日本人には適せぬとか、西洋の劇壇すら今日は日本演劇の方面に眼を転じつつあるくらゐで、日本人はその優れた演劇的特質を大に誇つてよろしいとか、世をあげての
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