通じての「明後日の演劇」を有つことが出来なくなるでせう。それはつまり、われわれの「現代劇」がいつまでも西洋劇の模倣から脱し得ないといふことになる。われわれは、自分たちの手で、われわれが満足するやうなものを生み出すことが出来ないといふことになる。それでは、如何なる表面上の変化があらうと、ほんたうの進み方はしてゐないのであります。
 現在の日本でこそ、演劇の本質問題が真面目に論議せらるべきではありませんか。
 この講話の力点をそこに置いたのも、畢竟、研究者の注意を、先づさういふ方面に向けさせようとする論者の意図だつたのです。
 既に演劇の専門的研究を進めてをられる方々には、この講話は、或は平易に失したかも知れません。
 然し、いろいろの学問にそれぞれの概論があるやうに、此の講話も、云はゞ演劇概論に過ぎない。やゝシステムを無視した嫌ひはありますが、それは論者が、純然たる学者でないことゝ、演劇そのものが、どう見ても一つの学問にならないことゝに起因すると思つて頂きたい。
 論者は、自分自身一個の立場を有する芸術家として、これ以上公平な物の観方はできないと思つてゐます。
 不備の点は多々あると思ひ
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