える。
 ナチス政府は、党の一機関として、宣伝省の外廓にクルトゥール・カンマア(文化院)なる芸術文化各領域の職能組織を確立し、文学も演劇もこれを一元的機構のなかで統制指導する制度を採用した。
 フランスに於ては、戦前まで、文部省が芸術政策の運営実施に当り、文学作品も上演脚本も共に、芸術局がその検閲に当つてゐた。議会に於ても、有力な代議士が政府の検閲方針について質疑的批難を加へれば、文部大臣並に芸術局長が、堂々これに応酬するといふ光景が屡※[#二の字点、1−2−22]見られたのである。
 演劇政策の行政的な現れ方は、いはゆる自由主義時代まで、わが国に於ては、主として劇場並に劇場関係者取締及び脚本検閲なる形に於てしかこれを見ることができなかつたのであるが、近代国家としての発展に伴つて、やうやく「演劇法」の制定が計画せられ、保護、助成、指導の方向へ一歩踏み出さうとしてゐることは慶賀に堪へない。
 しかしながら、日本の演劇の特殊性に鑑み、ここに大いに留意すべきことは、明治維新この方、政府はわが演劇に対し、この本質的な問題を如何に取扱ひ、これにどの程度の考慮を払ひ、これが対策として何をなしたかといふことである。憚りなく云へば、日本の近代文化は、すべて他の領域に於ては多かれ少かれ、政府の手によつて、またその力によつて、急速な進歩を遂げたが、芸術の領域に於ては、単に美術学校と音楽学校との創立を見ただけで、民間識者の間で演劇改良の叫びが挙げられたにも拘らず、遂に、政府は何等これに応へるところはなかつたのである。
 民間の識者も、なるほど日本固有の演劇の弱点をよく認識し、これを真に国民的なる芸術にまで高めようといふ熱意はもつてゐたに相違ないが、それらの人々は、遺憾ながら、演劇に関する専門的な知識も、また演劇の文化的役割について的確な判断を下す感覚もなかつたから、その主張と運動の実質は、強力に時代を動かすものとはなり得なかつた。
 爾来数十年、演劇の革新は殆ど常に文学者及び素人俳優を中心とする少数の同志によつて試みられたが、様々な障碍に遭つて挫折に挫折を重ね、時には国体と相容れざる思想運動に逸脱する一部の傾向を生み、法の処断を受けて解散する団体もできた。その結果、いはゆる「新劇運動」なるものは、概して為政者の警戒するところとなり、もともと、歌舞伎劇を主流とする既成演劇の因襲と商業主義に対抗し、時代の要求に副つた純粋な舞台芸術を創り出さうとした意図が、社会からは十分に酬いられるところなく、更に大いなる時代転換を前にして、もはや過去の歴史とならうとしてゐるのである。

     四 国力としての演劇

 以上述べたやうに、あらゆる近代国家が、その政策として、演劇の保護助成を目的とするなにらかの方針を示し、演劇の質的向上をもつて、国民の精神生活の培養を心がけ、一方文明国としての矜持を示さうとしたことは、殆ど共通の傾向であつた。
 しかしながら、わが国に於ては、やうやく最近の数年間に於て、行政的に演劇の改善及び利用といふことが官庁の一部で考慮せられるやうになつたのである。国家が「政策として」演劇の問題を取上げるのと、行政官庁がこれを「所管事項として」取扱ふのとは、趣旨は同じでも、その影響と効果とに雲泥の差がある。形式を云々するのではない、事実を云ふのである。さういふ意味から云へば、わが国の現状は、まだ演劇そのものを国力の一部として、為政者が十分認識してゐないとも云へるし、わが演劇自体もまた、今日まで真に国民生活の強化に役立つてゐたかどうか甚だ疑はしい。
 そもそも国の力といふものは、いろいろな要素から成つてをり、様々な形で現はれて来るものである。戦争に勝つことは、むろん国力の強大を意味するけれども、同じ勝ち方にもいろいろある。有効に、確実に、そしてきれいに勝たなければ、ほんたうに勝つたとは云へないのである。これが日本の目指す勝利であり、この勝利なくしては、日本の理想に到達することの困難であることを、われわれは肝に銘じてゐるのである。
 総力戦の意味は、軍事力と並行して国家活動のあらゆる分野、国民生活の全領域を、かかる「立派な勝利」の獲得に向つて、整備動員することであり、そのためには、これに応ずる国内の秩序と組織とが当然必要とされるのである。政治、経済、文化といふ風に、誰が分けたかは知らぬが、いはゆる新体制の呼び声とともに、かういふ国内機構の区分法が公に採用せられ、文化機構なるものが、危く政治と経済の両面から遮断せられようとした。現実の問題としてはさうはいかぬが、観念的に別個のものとされたところに、新体制運動の不統一性がその出発点に於てすでにあつたと云へる。
 文化機構は決して政治や経済の機構と別々に存在するものではなく、その間、専門的にみれば一応看板は違
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