御免下さい。お宅には二つ表札が出てをりますやうですが、あなたは……。
飛田  僕、飛田の方です。
老人  はあ、トビタとお読ませになりますか。なるほど、や、それでは……。

[#ここから5字下げ]
老人去る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
飛田  (再び座に帰り)三百円か。えらい鶯もあればあるもんだなあ。あの鳥が紙幣《さつ》かなんかなら、一寸悪心を起すところだ。やれやれ、紙幣《さつ》に羽根が生えたとはこのことを云ふんぢやないかな。

[#ここから5字下げ]
そこへ底野がぶらりと帰つて来る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
底野  やつぱり外は、広すぎて落ちつかん。木ならば鉋をかけた木でなけれやおれの性に合はん。
飛田  カマボコの称ある所以だ。中学で羽目板の前に立たされたことが、抑も貴様の一生を決定したんだ。
底野  おい、トンビ、兄貴のどれかにさう云つてやつて、また五円ばかり送らせろよ。おれの方は、月末まで、まだ三週間以上間があるぜ。
飛田  惜しい話をしてやらうか。おれは、さつき三百円つていふ……ものをだよ、この手の中に握つたんだ。
底野  巫山戯《ふざけ》るない。出してみろ。
飛田  それが、もうないんだ。人が持つてつた。
底野  なんだい、一体、そのものつていふのは……。
飛田  鳥だ。
底野  三百円の鳥? 手の中へ握つた? 夢かい。
飛田  夢でも幻でもない。なるほど、あの声を聴いた時、これは曲者だと思つたよ。日本一の名鶯《めいあう》だ。
底野  メイオー? オーは……。
飛田  鶯だ。
底野  それが?
飛田  そこから、かうだ。それで、これだ。(外から飛び込んで来て、それを捕へた有様を手つきで示す)
底野  それで、これとは?(指を三本出してみせる)
飛田  これが、かう、かう、かう、かうさ。(老人が来て、見て、受け取つて、帰つたといふ恰好をする)
底野  なんだい、わからん。
飛田  飼主が、声を聞きつけて、受け取りに来たんだ。
底野  無条件で渡したのか?
飛田  条件はつまり、その、糞なんかたれないうちに持つてつて貰ふといふだけさ。
底野  だから貴様は、外へ出てろだ。
飛田  そいぢや、カマボコだつたら、どんな条件をつける。
底野  三百円の代物なら、一割乃
前へ 次へ
全16ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング