おれや、出掛けるよ。巻煙草の長い喫ひさしでも拾や、損得なしだ。
飛田  おれは、今日は休むよ。家にゐるよ。
底野  人聞きのいゝことを云つてやがらあ。何処を休むんだい。家にゐたつて誰も心配しやしないよ。変な棒つ杭にぶつからないだけでも安全だ。

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かう云ひ捨てゝ、底野は表の方へ出て行く。
飛田は、昨日まで底野がやつてゐたやうに、座蒲団を二枚並べ、その上に寝ころがる。
やがて、彼は起き上る。どうも寝心地がよくないと見えて、いろいろ寝返りを打つてみる。また起き上る。部屋の中を歩きまはる。しかし、思ひ切つて、また寝ころんでみる。
この時、障子の間から、一羽の小鳥が部屋の中に飛び込んで来る。彼は、それを眼で追つてゐるが、やがて起ち上つて、一隅に追ひつめ、そつと両手で捕へる。
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飛田  これや、鶯だ。何処から飛んで来たんだらう。

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彼はさう云ひながら、勝手から目笊を持つて来て畳の上へふせる。
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飛田  鳴いてみろ、こら。ホヽホヽホケキヨ。ホヽヽヽホケキヨ。かういふ風に鳴いてみな。駄目だ、こいつはまだ学校へ行つてねえや。

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そこで、鶯のことは忘れたやうに、また寝ころがつてゐる。
しばらくすると、鴬は、巧みな声で、一と声鳴いてみせる。
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飛田  おや、今頃鳴いたな。学校へ行かないつて云はれて、むつとしたな。よしよし、もうそれでいゝ。あんまり鳴くと、今度は、商売人上りだつて云はれるぞ。

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鶯は、また、一と声、続いて二た声、三声、鳴き続ける。
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飛田  よし、わかつた、わかつた。いゝ喉だよ、お前は。おれは、今、折角家の中にゐるんだ。梅林ん中を歩いてるやうな気持にさせてくれるな。

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鶯は、なほ鳴き止まない。
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飛田  よせつたら、よさないか。聴きたくないときは、ガリクルチでも聴きたくないんだ。ぢや、もう、出てつてくれ
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