自分が草臥《くたび》れるだけだ。あゝ、この部屋には空気があるのか。障子を開けてくれ。風をいれろ。寒いぐらゐ平気の平左だ。呼吸《いき》ができん。勘違ひをするな。誰も死にさうだと云つてやしない。まだまだ命は大丈夫だ。医者なんか呼ぶ必要はない。うつかり手当《てあて》なんかされちや、それこそ迷惑だ。苦しいのがなほつても、殺されたらなんにもならん。

[#ここから5字下げ]
障子の外で、「はひつてもよろしいですか」「只今帰りました」「わたしです、乙竹です」といふ声。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
卯一郎  なに? 乙竹? 今帰つたのか。はひつていゝとも……。ちやうど待つてたところだ。早く返事をきかしてくれ。首尾はどうだ。

[#ここから5字下げ]
外交員乙竹外雄、口髭を生やした男、慇懃に進み出る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
乙竹  早速ですが、宮内省の方は、まだはつきりしたことはわかりませんが、相当脈はありさうです。もうひと押しといふところです。それから、都築家政割烹学院の方は、先生方の評判が大体よろしい
前へ 次へ
全44ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング