面白い。あなたは愉快な方だ。(女中が上つて来る)あ、おい、何かないか。紅茶でも入れて来なさい。その菓子折をあけてこつちへ出してくれ。
津幡  (起ち上り)ぢや、まあ、さういふわけですから、これで失礼しませう。
卯一郎  今、お茶を入れます。
津幡  いや、少し急ぎますから、また何れ……。

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津幡、去る。卯一郎、寝台より降り、送つて出ながら、
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卯一郎  さうですか……それでは、お構ひもしないで……。あ、誰かゐるか、先生をお送りして……。では、御免……。(部屋に帰つて来ると、急に、また胸が苦しくなつたらしく、寝台の上に駈け上り、ぢつと眼を据ゑて、不安と戦ふ)おい、奥さん、ちよつと来てくれ……苦しい。苦しい。あゝ、正直なところ、苦しい……。なあ、奥さん、側にゐてくれ。たゞ、側に……ゐるだけでいゝ……。(その間に、とま子は、また、微かな呻き声を立てはじめる。卯一郎の声が大きくなるにつれて、その呻き声も大きくなる)なんだ、それや。何処が苦しいんだ。そんな声を出したつて、だあれもなんとも思やしないぞ。自分が草臥《くたび》れるだけだ。あゝ、この部屋には空気があるのか。障子を開けてくれ。風をいれろ。寒いぐらゐ平気の平左だ。呼吸《いき》ができん。勘違ひをするな。誰も死にさうだと云つてやしない。まだまだ命は大丈夫だ。医者なんか呼ぶ必要はない。うつかり手当《てあて》なんかされちや、それこそ迷惑だ。苦しいのがなほつても、殺されたらなんにもならん。

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障子の外で、「はひつてもよろしいですか」「只今帰りました」「わたしです、乙竹です」といふ声。
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卯一郎  なに? 乙竹? 今帰つたのか。はひつていゝとも……。ちやうど待つてたところだ。早く返事をきかしてくれ。首尾はどうだ。

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外交員乙竹外雄、口髭を生やした男、慇懃に進み出る。
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乙竹  早速ですが、宮内省の方は、まだはつきりしたことはわかりませんが、相当脈はありさうです。もうひと押しといふところです。それから、都築家政割烹学院の方は、先生方の評判が大体よろしい
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