をいふ。その相反し方は、概ね、一定の法則に従つてゐるのである。つまり、それを一口に云へば、精神的、或は肉体的に、「にせ[#「にせ」に傍点]さん」型と、「ちご[#「ちご」に傍点]さん」型になるのである。前者は、ある点で「男性的なもの」をはつきりもち、後者は、ある点で「女性的なもの」を多少もつてゐるといふことになる。
 女性間に於いても、上述の関係は、逆にそのまま、通用できるらしい。
 フロイドの学説めくが、友情とは、元来、性的要求の変質的現象であるとも考へられる節がある。
 この結論をおし進めて行けば、異性間の友情といふ言葉は、その言葉自身殆んど無意味になるのであつて、それは恰も、木の葉の上に積る雪の如きものであり、ある木の葉は、ある程度までしか雪を支へるに堪へないのである。

 甲の男性と乙の女性の間に結ばれた純粋の友情とは、一体どんなものであらうか。私は寡聞にして未だその例を見ないが、それらの男女のうち、一方が、多少でも相手に対して、恋愛らしい感情を抱いてゐる場合、又は、相方とも、さういふ感情をもちながら、何等かの理由によつて、それを表白し合はない場合は、その二人の関係を、単に友情と
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